自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【西乃沙羅 残玉:1 門開通迄残刻:43分】

々(るる)として沼に沈み続けていた沙羅は、とある回想を夢に見ていた。


時は凡そ2か月前、場は自宅の一室にて。


男女ツーペアの計四人にて交わされていた、第二回戦へ赴く直前のやり取りである。


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「えっと。西乃さん、本気で……その格好で行くつもりですか」


「この格好で行くよ。だって蒸し暑いの嫌だもん。こっちのが涼し気、非常に涼し気」


「でもお姉さま、決戦のバトルフィールドはどうやら樹海の中な様だけど、虫刺されとか気になりません?」


「あーそれなら平気。昔っから姉ちゃん全然虫にかまれる事ないし、なんなら蚊とか血ぃ吸った後にソッコーで死滅するぐらいだから」


「平気というかむしろ兵器ですね……」


「いぃなぁいいなあ! 虫除けスプレーいらずじゃん。羨ましいなぁ」


「特段何もしてないけどな。83番目の彼氏にも言ったが、リスク無しに私の血液にありつける考え自体が傲慢なんだよ」


「三桁近く付き合っては分かれてを繰り返す姉ちゃんの感性も傲慢だと思うけど」


「血の通った弟と言えども聞き捨てならないねえ。国民的アイドルグループのセンターを張ってるからモテモテなかる君には分からないんだろうなぁ。心外、非常に心外」


「アイドルはアイドルで大変なんですよ。旧態依然とした枕的な営業だって、表面化に出ていないだけであたし何度も遭遇しかけましたもん」


「顔が公表されていないのに選抜メンバー外でもやっぱりあるのか……うちの社長はそういうのないかな。むしろ嫌いな部類に入ると思う」


「断ってもしつこい奴らは再起不能にしてきたから大丈夫!」


「ふーん。で、今までに何人くらい殺ったん?」


「やだなぁお姉さまってば。あたし未だバチバチの十代ですよ? 殺すなんてとてもとても。 椅子に縛り付けて身動き取れないようにして、せっせと捕まえた紙袋いっぱいのイラガの幼虫を服と首の隙間から流し込んで眺めていた程度ですってー」


「薄河さん可愛らしいのに本当やることエグいよなぁ……」


「ぬるい、非常にぬるい。もっと徹底的にやらなきゃあ、馬鹿は分からないぞ。そうだな、私の5番目の元彼が浮気をした時には大量の蛭を――」


「てかさ、そろそろ出発しないと時間やばいんじゃないの? 遅れたら爆死するんだろ三人とも」


「ですね。道中トラブルが無いとも限らない。ぼちぼち出発しましょうか西乃さん」


「おけ。あっ、かるくん。留守中相棒のメシと散歩、頼んだよ」


「長期休暇取ったし、任せとけ」


「じゃーねー迦楼羅(カルラ)君。パスカルちゃんもまったねー!」



ワンワンワンという鳴き声を後に、沙羅と樹矢と冥奈の三人は、余物樹海へと出発した。

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そして唐突に、沙羅は目を覚ます。


未だ自分が沼の中に漂っている状況で、且つ長時間水中にいた所為で溺死し――反魂玉が割れて息を吹き返したのだと悟ると同時に、陸地へと泳いで浮上した。


「ふぅ……やれやれだね、早くも二つ割って、残す玉は一つ、か……」


配布された反魂玉は既に3つとも飲み込んでおり、胃の中に残っている残数が感覚的に分かったが故の独白であった。


「どうにも寝覚めの悪い夢を見ちまったようだねぇ。でも、なんだろ。何か引っかかるというか、物凄く重要な出来事を示唆していた様な……?」


頭を捻り、自分がみた夢の内容を反芻しようと試みる沙羅。


結果から言うと、残念ながらこの時点では彼女はその正体に気が付けなかった。


一連のシーンを脳内で再生する時間が充分にあったならば、決定的な違和感には辿り着けて、その後の身の振り方も多少なりとも変わってきたとはいえ。


彼女には検証する暇が無かったのだ。


なぜならば、自分のすぐ足元に、



見 覚 え の あ る 男 の 子 の 生 首 が 転 が っ て 来 た の だ か ら 。



「…………は? おいなんで少年が――――ッ!! う お お お っ !?!?」



一瞬思考が停止するも沙羅は即座に動かざるを得なかった。



生首ははたして、ピ ン の 抜 か れ た 手 榴 弾 を 咥 え て い た 。



頭部を両腕で庇うようにして抱きながら、左軸足より弧を描く様に、右足で生首を蹴る。



バンッ!



幾分か距離が離れたとはいえ、沙羅が蹴ったとほぼ同時に、生首ごと手榴弾は爆発した。


爆風よりも爆破と同時に飛び散る破片こそを警戒した沙羅であったが、しかし幾つかが避けきれず、前側にあった左腕に甚大なるダメージを負ってしまう。


「ぐっ……う、う……痛ってぇなぁもう……クソがッ!」


弾け飛んで来た肉塊の生暖かい感触に顔を顰(しか)めながら悪態をついていると、どこからともなく女の声が聞こえてきた。



「なんだ。てっきり下半身ごとミンチになっちゃうかと思ったのに」


「でもさーやっぱりこんなしょうもない不意打ちで死ぬようじゃあ、敵討ちをしようとしている張り合いがないわよねぇ」



沙羅の蘇生と同時に、生首を投げ込んだ張本人――薄河冥奈は少し離れた辺りにて、さも愉快そうに笑っていたのだった。

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冥奈と思しき声を拝聴した瞬間、沙羅は彼女へ向かって駆け出していた。


かつてのバトルの時のような余裕は無く、とりあえず最短最速でこの女を殺さねばならないと、思うよりも早く体が動いた所為である。


反魂玉破砕によって沙羅が負ったペナルティは、味覚と嗅覚。これぐらいであれば戦闘には支障をきたさない。


榴弾によるダメージで左腕は使えそうになかったが、右腕と両足があれば、本気を出せば、たかが小娘一人充分に制圧し得ると沙羅は考えていた。


しかし、その認識は数十秒後に覆される事となる。


「男子三日会わざれば刮目して見よ、ってね。もっともあたしは女の子だし~? 天才だからたったの半日しか経っていないけどぉ~?」


(いやちょっと待て。何の手品だこりゃあ??)


蹴りが届く制空権に到達する寸での所で、



眼 前 の 冥 奈 が 5 人 に 分 裂 し た 。



「【ボルテックストレート】は、全てを置き去りにする――何人たりとも、あたしより早く動く事なんか……絶対に許さないっ!」


「ッ!!!」


躊躇わずに相手の首をへし折らんばかりのハイキックを繰り出した沙羅だったが、しかしその一撃は空振りに終わって、代わりに腹部に鈍痛が走った。


「流石に鍛えてるだけに、固いんだね。こっちの手が折れちゃいそうだよ」


後方より声がして、沙羅が振り返るとそこには両手首をぷらぷらと振る冥奈の姿があった。


「びっくりした? ねぇびっくりした?? はじめはさぁ、ふたつくらいが限界だったんだけどぉ、央栄のおじいちゃんに稽古をつけてもらったしよっつかいつつ位に見えてるんじゃない?」


「……最近の地下アイドルは枕営業も上等ってか。ビッチが、不潔だぞ」


軽口で相手の挑発を受け流しながら、沙羅は固有能力【ピーピングボム】によって、相手の心中を試みようとする。


(原理は分からねぇが、どうやら一段階能力の練度を向上させたって事か)


(だとしても――その速さは反則だろ。あのジジイの全力よりも余裕で素早いぞ……)



固有能力【ニードレストレス】改め、レベル2【ボルテックストレート】。


己が心臓を中心とした全身に遅行を加え、静止するまでに遅くした後、解き放った反動によって計り知れない超高速度での行動が可能となる。


沙羅の考察は概ね正しく、全力のトップスピードは彼女の師である士すらも上回る、人間の限界を超えた速度を有していた。


元来の固有能力の応用ともいえるそれは、しかし万全ではない。


樹矢の【ジャンキーポット】であればその固有能力の全容は愚か、あまつさえは明確な弱点までをも知り得たのだろうが、彼は今この場にはいなかった。



いや、むしろこの世にいないのでは――という疑念を振り払い、沙羅は眼前のプレイヤーへと意識を戻した。



今は、ともかく今この瞬間は、この女に対応しなければ自分が殺られてしまうと、そう思った。思い込んだ。



「あたし自信はか弱い女の子だから、そんなに腕力は無いんだけど。でも、まぁ。何百回か何千回か分からないけど、お姉様が壊れるまで殴り続ければ良いだけよねぇ」


言って、冥奈は、両腕を胸の前で交差し、彼女が習得した独創的な構えを見せる。



「んじゃま、いっくよー。鳥獣模倣之型――“孔雀廿連打”(くじゃくにじゅうれんだ)ッ!!!」



先程冥奈は身体が5つ分身しているかのように見えたが、こと今回に至っては身体では無く、腕である。



右 腕 と 左 腕 が 10 本 ず つ 増 え て い る か に 見 え た 。



足を前後に少し開いたままの姿勢ながら、しかしビデオテープを早送りするかのような動きで左右に身体を振りながら、沙羅へと急速に接近してくる冥奈。


対して沙羅は、塗壁之型にて迎撃の構えを取った。


先般、相手の攻撃と同時にカウンターを繰り出せるのがこの構えの強みであるのだが、接触の瞬間――どころか、瞬時に浴びせられた掌打の嵐にて、沙羅が対応できたのは凡そ8発目と9発目の間である。


電動釘打ち機よろしく、ズガガガッと擬音が聞こえてきそうなぐらいに、正確無比且つ執拗に左腕全体を打たれる痛みに耐えながら、沙羅は反撃を行った。



「ぐっ……こんッの野郎ッッ!!」



触れれば触れるような近距離にて沙羅が放ったのは、いわゆるビンタ。


女子供であろうとも、格闘技の心得が無い者であろうとも繰り出せる、最速の攻撃方法の一つ。


負傷していない右手にて、しかし五指を内側に折り曲げて、冥奈の顎の先端部分をショートフックの要領で打ち抜いた。


むしろ掌打に近しいそれを、敢えてそこに向けて放ったのには理由がある。



“脳震盪による一時的な行動不能状態”



流石に相手も内臓器官――それも人体の内側にある最も重要で最も脆弱な部位までは鍛えられまい、そんな狙いがあった。


小指側を引っかけるようにして、命中の瞬間更に前方へ押し出すようにして、沙羅のカウンターは命中した。


命中したが、しかし。



「その構え。前に一回見てるし、もう効かないよ」



今の今まで眼前に居た冥奈の姿が 突 然 消 失 し、沙羅の背後より声が聞こえてくる。


直後、背中部分を集中的に殴打され、沙羅はたまらず片膝を地に付けた。


「……ふざけんなよ、ちゃんと当たったのになんで」


打ち抜いた感覚――獲ったという感覚が、確かに沙羅にはあったのに。


「えっ? 命中の瞬間に 掌 打 と 同 じ 速 度 で 受 け 身 を 取 っ て 衝撃を逃がしただけだけど?」


普段トレーニングなんてものは行わないし格闘技に精通していないながらも、圧倒的な才能を持ち合わせた冥奈ならではの防御策。


そんな反則手のような対応手段を説明され、沙羅はややも愕然とし、そして焦燥に駆られ始めていた。


(危機察知特化のお次は、超スピード持ちの天才かい……今まで楽をし過ぎて来た、ツケが溜まっていたのかもしれない)



【ピーピングボム】にて相手の思考をある程度読めるとしても。


自分よりも何倍も早く動ける奴には、無意味と同義であるのではないだろうか。


何せ、相手の攻撃を躱せないし、自らの攻撃も当たらないのだ。


状況的には詰んでいる。


無論 今 の ま ま であれば、だとしても。



「ほーんのちょっとだけ、お姉さまの体技レベルだったら、捌かれる可能性も考慮してたんだけどー憂慮しちゃってたんだけどー」


「杞憂に終わっちゃったからさ、今から一方的にボコらせてもらうね」


言って冥奈は、その身を5体に増殖すると見紛わんばかりの高速移動にて、沙羅を取り囲んだ。


その一体ごとに、千手観音が如き20本の腕を携えて。

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回理子やふるるが、天から降り注ぐ稲妻を浴びた何十倍もの数を、沙羅は喰らい続けていた。


全神経を集中しカウンターに特化した塗壁之型であろうとも反応できない冥奈の超高速に対して、取れる策は防御ぐらいしか無かったのである。


何年もの間滴る雨水がやがては岩を抉(えぐ)る様に、一発一発は大したことのない打撃だったとしても、蓄積していくダメージは尋常ならざるものがあって。


全身は満遍なく内出血により青色あるいは赤色に腫れあがり、手榴弾により負傷した左腕は激痛を通り越して既に感覚すらも無かった。


一方的に沙羅を嬲っている攻め手の冥奈であるが、しかし彼女も彼女とて無事であった訳ではない。


血流の急激なチェンジアップ、特に心臓部分に重篤な負荷をかける【ボルテックストレート】の連続使用は、比喩表現ではなく文字通り命を削る諸刃の剣であった。


前日の士との特訓、次いで沙羅への対峙にて、彼女の残す反魂玉はもはや一つとして残っていない。


これ以上の使用は己の命を落とす危険を孕んでいたとしても、もはや満身創痍の相手が倒れるまでには事を終わらす自信はあったし、何よりも相手には自分を倒す手段は無いのだから、油断は無くとも何処かで安心をしていたのかもしれない。


追い詰められ、窮地に瀕している沙羅といえば、防御に徹する中で、ある可能性について考えていた。


この女や、彼氏である樹矢は、自らの固有能力のレベルを一段階上昇させた実績がある。



ならば、 自 分 に も 出 来 る の で は な い だ ろ う か という、可能性を。



【ピーピングボム】それは、相手の思考を盗聴する能力。


大罪人ごとの趣味嗜好や資質や気質を加味して宛(あて)がわれる。もとい、自らがこんな能力を選んだ理由を、改めて辿ってみると。


そこには、自身の恋愛依存症体質が由来しているのではないのかと、沙羅は気付いた。


好意を寄せる相手の事をもっと知りたい、知ってみたいという、欲求の顕在化。


客観的に、それは酷く受動的な願いなのかもしれない。



(そうだよ。今みたく受け身になりっぱなしでどうする)



(私は、西乃沙羅って奴は、性根の所はもっと違う――ぐいぐい攻めていく事を良しとする奴だろうが)



人はそう簡単に変われないが、しかし変わる時はあっさりと変わる事の出来る生き物、なのかどうかは不明ながらも。


少なくとも彼女の意識及び固有能力は、この時を以て次の段階へと進化する。



固有能力【ピーピングボム】改め、レベル2【ビーイングラヴ】。



彼女の本質を最も分かり易く具現化したこの能力自体は、殺傷能力が皆無であったとはいえ。



どうにもならない状況を覆す逆転の目を出す程には、有用性のある能力でもあったのだった。