自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。原則毎週水or木曜日更新。

【北園紅蘭 残玉:0 門開通迄残刻:37分】

狂わせを演じる、とはややもすれば大層な表現になるのかもしれない。


それでも、尚以てしても、本来ならば持ちえない力――固有能力を全く使わずに決勝戦まで生存した大罪人は、過去の前例には一つも無かった。


敗退がイコールで死に繋がるデスゲームにおいて、使えるものは使うというのがあるべき姿であり、生存するにあたっての本能にもかかわらず。


紅蘭は心のどこかで、それを吉としなかったのであろう。


主催者より元となる“種”を付与されるとはいえ、発芽する能力は概ね使役する者の個性や資質に依存し、千差万別形を変える。


生き残る為に自分がどうしたいのか、どうあるべきなのかが根源となる。


しかし、彼の【ハラキリマグナム】は、異端の極致に相違ない性質を持っていた。



己の死が確定(あるいはそれを自覚)する事ではじめて使用可能となる、そんな条件を持っていた。



本懐を遂げられなければ自らを爆死する対価を払わなければならない士の【オールベット】や、自らが死ぬ事で発動条件を満たす閂の【フーズフール】と並べて一見近似的ながらも、しかし絶対的な差異と特異を兼ねた、酷く使い勝手の悪い不便を内包している。


むしろ使い手である紅蘭自体が、使わずともゲームを全うできると信じていた。


なので、【ハラキリマグナム】を発動する事になったとしたら、それはもう単純な悪足掻きなのだと、彼は折り合いをつけていた。


見様によっては負け惜しみともとられるかもしれない。


事実、塁より2回以上殺害され、反魂玉のストックも尽きて紅蘭は紛うことなき瀕死の状態である。


たらればの話であったとしても、紅蘭の並外れた運の良さに任せれば…… 自 分 だ け が 生 き 残 る こ と を 最 優 先 に 置いたならば、目下の苦境に立つことは難かったであろう。



だが彼はその手段を選ばなかった――否、選べなかった。



第三回戦が始まる前に沙羅と交わした約束、あるいは同盟を組んだ回理子とふるるを守り切るという矜持が故に。



事前に用意した策を悉く掻い潜り、あまつさえは百近い落雷を落としたにもかかわらず、未だ追跡者を斃せてはいないという、目も当てられない惨事の真っただ中にあった。


しかし彼は特段絶望している訳でもなければ、悲観に暮れている訳でもなくて。



倒しても倒してもそれでも倒しきれない追跡者に一矢報いてやろうという、不思議な高揚感に包まれていた。

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「なんだぁ……これは……?」


塁は困惑していた、二重の意味で、理解に苦しむ状況に対して、困惑していた。



一つ、己の手首から先が 消 失 してしまった事が、理解できない。


二つ、放っておけば間違いなく死ぬであろう紅蘭の背後に謎めいたオブジェクトが浮かび上がっている事が、理解できない。



「得意げに説明したい気持ちは山々であるが……それにしても我には殆ど時間が残されていない。一気にケリをつけさせてもらおうか」


無事である片手で“炎刃全解”をびゅんびゅんと振り回す紅蘭。


太刀全体が闇よりも深い漆黒のグラデーションを放っており、そこから二束程の細長い影が、音も無く迅速に塁へと伸びて来た。


今や銃弾も剣撃も氷結も電撃も通さない体質に変化した塁は、しかし咄嗟に後ろに飛んでそれらを躱す。


何か嫌な感じがしたから、というだけの理由だったが、初撃を避けるという一点に絞っておいてのみ、塁が取った行動は正しかったのかもしれない。


なぜならば先程まで塁が立っていた箇所が、



地 面 ご と 球 体 状 に 消 失 し た 。



「!!!!?」



予測不能の攻撃手段に身を固める塁は、しかし初撃こそ命中しなかったものの、追撃は完璧に躱しきれなかった。


補足をするならば、それは攻撃を避ける――攻撃から逃げたが故の因果なのだが、相手が講じる手法の原理すら不明な塁にとって、到底無理からぬ話なのだろう。


鬼骸を加工した爪を持つ左腕と、それに次いで左足首が消失する。


「あぁっ!? だからなんだよこれはよぉ!!!」


喚く塁を精気の無い目で見据えながら、紅蘭は呟いた。



「【シアーハートサーチ】改め、レベル2【テラーチェイスパージ】……【ファントムホール】改め、レベル2【メビウスサークル】……」



「……悪くない、が……些か操縦性に欠ける。もっとも……今までで一番効果が表れているのは幸いだがな……」



何故、第一回戦で敗退した厚山太であったり、目下気絶中の高低ふるるであったりの固有能力――よもやその上位版を紅蘭が使いこなしているのか。


奇を衒ったトリックなど甚だしい、聞いてみればそれは至極単純明快な理由である。



固有能力【ハラキリマグナム】


己の死が確定し且つ死ぬ迄の時間内にのみ、



他 の 大 罪 人 の 固 有 能 力 を 複 数 同 時 に 発 動 が 可 能 。



厳密には、紅蘭が使う固有能力がどのような代物であるのかを事前に知っておき、それを正しく認識する必要がある。


とはいえ、だからこそ。


第三回戦開始前夜、彼は南波樹矢より。


生死問わずゲームに参加している大罪人の各能力を教えてもらっていたのだった。


この固有能力の特筆すべきは、行使する固有能力の本質を知っていれば、問答無用でレベル2であろうとも使用が出来る点である。



逃げる者を必ず追い詰める【シアーハートサーチ】は、 避 け た 相 手 に 必 ず 命 中 す る 効 果 を 付 与 す る 【テラーチェイスパージ】にレベルアップしていたし。



瞬時に移動する空間を作成する【ファントムホール】は、 触 れ れ ば 自 分 以 外 の ど の よ う な 物 体 で あ ろ う と も 分 解 し 時 元 の 狭 間 に 消 し 飛 ば す 【メビウスサークル】にレベルアップしていたのだった。



平時の状態であれば、前述の二つの固有能力の混合にて、喩えそれが地界出身の“殺害不能-ノスフェラトゥ-”であったとしても、圧倒出来ていただろう。


事実、塁は紅蘭の攻撃に対応できる術を持っていなかった。


それもそのはず。



触れれば消失する攻撃に対する防御策など、元より有りはしないのだから。



だが、多少の驚きこそあれ、塁も塁でやられっぱなしでいられる様な性分では勿論なく、失われた部位を即座に再生し、攻めに転じる。


「躱せないし防げない攻撃なのは分かったがよぉ~――使い手が死にかけてるんじゃあ世話はねぇよなぁあ~」


元より三本あった尻尾の最後の一本を、自らの背中に突き刺し、その身を醜悪な姿へと転移させていく塁。



「滅多に見せない奥の手だ……喰らいやがれ!! “醜躯乱舞流-クレイジーアマルガム-”ッッッ!!!」



ぎちぎちと音を立てて、皮膚表面の至る所に血管を浮き上がらせるまでに膨張した塁の身体は、内側より爆散した。

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塁が弾け飛ぶと同時に、四方八方あらゆる方向に向けて、奇怪な見た目の芋虫のような生物が大量に攪拌されていた。


触れる事を良しとしなかった紅蘭は、血液総量の四分の一を失っており、とめどなく訪れる寒気と頭痛と吐気とに鬩ぎ合いながら、しかしこれにも冷静に対処を行えた。


否、彼自身這う這うの体あって、回避や防御の行動は一切取っていないし取れなかったとはいえ、その場から一歩も動かない妙手が功を奏した。


あるいは死にかけていたとしても、死ぬ間際であっても己が持つ豪運は健在だったと言うべきか。



雨あられの様に飛び散る芋虫は、まるで紅蘭を避けるようにしてただの一体も命中することが無かったのである。



(ここにきて自爆、だと? 確かに当たれば危険そうだったが……)



周囲の樹々や地面にぶつかったそれらは、小さな炸裂音と共にその身を破裂させ、ひと目に見ても人体に有害でありそうな毒々しい体液を飛散させていた。


跳ね飛ぶ体液が身体に付かない様、身体の周りをぐるりと【ファントムホール】にて包み込み、少し離れた場所で倒れる回理子及びふるるにも同様の物を施していた為、視界は不明瞭ながらも(加えて聴覚ですら覚束ないが)それでも彼女らはまだ反魂玉を一つは残している故、大丈夫だろうという安心があった。



だからこそ、その声が 自 身 の 内 側 か ら 聞こえて来た時、未だ終わっていないという事実に紅蘭はごくりと息をのんだ。



『破裂は目眩(フェイク)だぜ、おにいちゃんよぉ~』


「貴様……いつの間に……」


『説明した所でどうにかなんのかぁ? 安心しろよ、さっきみたいに内側から食い破ったりはしねーからさぁ』


「それならば一体なぜこのような真似を……」


『なぁに、ちょっくらおにいちゃんの体を 乗 っ 取 ろ う かなぁって』


「……笑止」


【ハラキリマグナム】の使用可能時間――ひいては紅蘭の生命の灯と等しき、金色の黄金時計に残された砂は、まもなく全て落ち切るだろう。


そしてこの追跡者は自分が落命した後にも問題なく、亡骸を媒介に生き続けるのだろう。


意識は朦朧としながらも、しかし紅蘭の思考までもが鈍化していた訳ではなく、彼は即座に次なる策を電撃的なスピードで見出し、行動に移った。


否、塁が無数の芋虫を撒き散らし爆散したにもかかわらず一発も命中しなかった際と同様に、紅蘭が何かをした訳ではない。



彼はただ願っただけだ。



己が身の肉片一つをも残す事無く吹き飛ばすような、



隕 石 が 自 分 に 落 ち て こ い 、と。



そして紅蘭の願望は現実となる。


直後、大気圏で燃え尽きる事無く飛来した隕石は、立っているのもやっと死に瀕する紅蘭へと見事に当た――――りはしなかった。


満身創痍で動くのもやっとであった紅蘭の身体が突如として、彼の意に反して俊敏な回避行動を取ったからである。



『あッ…………ぶねぇなオイッ!! 何してくれてんだよお前ッ!』


「貴様こそ何をしてくれている……動けば当たらないじゃないか……」



思考までは乗っ取られていないとはいえ、概ね身体の指揮系統は既に塁へと移っていた。


今の紅蘭にはもはや軽口を叩く程度の動きしか出来やしない。


塁が突貫作業にて行った紅蘭の肉体との同期及び連結があと一歩でも遅れていたならば、隕石に直撃をして木端微塵に吹き飛んでいたに違いない。


しかし何とか間に合って、最初の一発目はギリギリ回避が出来たのである。


故に、その後に続く。



紅 蘭 を 狙 い 撃 ち に す る か の よ う に 次 々 と 落 下 し て く る 隕 石 群 も、同様に塁は対処する必要があった。



固有能力【テラーチェイスパージ】の効果が自分以外にしか適応されない為未使用に至っていたとはいえ、紅蘭の身体を目掛けて矢継ぎ早に落ちてくる質量の塊を、しかし塁は懸命に躱し続ける。


むしろ逃げ回っているという表現の方が近しい。


「往生際が悪いぞ……諦めて潰れてしまえ……ごふっ……」


『ふざけんな! 当たってたまるかよ!!』


吐血し身も絶え絶えな顔面とは対照的に、その場に止まることを良しとしなかった塁は、溌剌(はつらつ)とした動きにてその場よりあてもなく走り去った。


そんな後ろ姿を見遣りながら、意識が戻ったばかりの回理子は一抹の不安を覚える。



この先もう二度と紅蘭に会えないのではないだろうかという、不吉な予感を。


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かくして追跡者が一人、塁砕刃。


最も今は紅蘭の肉体と同化してであるが、そんな死に体のボディを乗りこなし――乗り移りつつ、乗っ取りつつ。


天から無数に降り注ぐ隕石群を全て、直撃を回避するに至っていた。


回理子やふるるがいた場所からはそれなりに距離を置く無人の家屋の辺りで、息を切らしながら天を仰いで追撃の有無をしかと確認してから、倒れ込むように木造の外壁へともたれかかった。


『はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……ど、どうだ。振り切って、やったぜ!!』


「……ふむ……敵ながら……天晴(あっぱれ)だな……」


『つっても暫くは動けねぇがなぁ。って、まさかまだ何か策でもあったりすんのか? おにいちゃんよお』


「……無いな……手詰まりの袋小路……これ以上は……逆立ちしたところで……貴様に勝ちうる手段は残っては……いない……」



紅蘭が勝負を決めるのであれば、彼が【ハラキリマグナム】を発動させた直後の一撃が要であったとも言える。


塁の全身を【メビウスサークル】によって、戟堕玉ごと亜空間に吹き飛ばしていれば、十に一つくらいの確率で、勝ちの目があったのかもしれない。


己の命をベットするリスクを負いながら(しかも勝敗結果にかかわらず決して二度と戻ってこない)も、それでも未だ相手は倒れていない。



いや――もはや勝負にすらなっていなかった。


倒すべき相手が、今や自分と同化しているのだ。



そこに大罪人と追跡者という“意識の差”こそあれ、紅蘭側からすればもう間もなく自分は死という絶対的な事象に見舞われるのだろうし、塁側からすればどれだけ損傷具合が酷かろうと魔力を注ぎ込めばやがては本来の姿にで遡れるのだろうし。


もはや紅蘭が勝つことは万に一つもない有り様である。



ここに至るまでの間の手段の数々。


列挙するならば、それは銃弾・あるいは剣撃・とどめに氷砕・有無を言わさぬ雷撃・満を持しての固有能力・我が身諸共の隕石。



数々の手段を以てしても、追跡者を再起不能には追い込めなかった。


生存(プラス)での結果に終われない事が確定した。



どころか死(マイナス)すらも確定していたのだが、それでも。


塁がなんとはなしに持たれかかった木造の外壁。


外壁、すなわち、壁である。


紆余曲折あったとしても、絶体絶命の窮地に瀕していたとしても、それでもこの 壁 面 に 自 ら の 身 体 が 接 触 し て い る 状 況 を顕現化せしめたのは、生粋の博打師が故の矜持か、それとも意地か。


最後の最後で。確定した死の訪れを受け入れる前に。



ギャンブル依存症の持つ底力が、実態を持たずに己と同化した追跡者へと牙を剥いた。



ぞぞぞぞっ、と。


全体的に赤色を帯びた鳥居のような物体が、外壁に浮かび上がった。


何千男百何万も屍肉の塊や穢れた魂を圧縮し構築された、現世と煉獄を繋ぐ転送装置――その名を、羈絆門-キハンモン-と言う。


「なッ!? な、なんでゲートがいきなり……出てきやがった!!」


「……終わりだ……悔しいが我にはどうやら…… 貴 様 を 道 連 れ に す る ぐらいの悪足掻きしか……もっ……もはや出来ぬ……」



固有能力【エスケーパリバブル】改め、レベル2【ディーエムディーオー】。


第一回戦にて退場した絵重太陽がかつて使役していたこの能力は、自らがゲームの参加資格を放棄するだけに留まらず、 付 近 に 存 在 す る 者 の 精 神 を 諸 共 に 煉 獄 へ と 引 き 摺 り 込 む 、効果を持っていた。。



羈絆門自体が壁の付近にしか発生できないとはいえ、それに一度捕えられてしまえば、天・魔・人の種族を問わず逃れる術は、何一つとして無い。


既に紅蘭の身体は血に濡れた亡者の腕によって身動きが取れない状態になっていた。


昏い闇が広がる狭間へと徐々に身体を引かれていく紅蘭は、どこか晴れやかな笑顔を浮かべながらも、全く後悔が無いかと言えばそのようなことは無く、たった一つだけの気掛かりがあった。



結局あの女の 本 当 の 名 前 は何だったのだろうという、そんな疑問が。



「まぁ……縁があったら、また聞けば良い……か……」


「ちょっ、ちょっと待てって! 考え直せって!! 俺様でも煉獄だけはヤベぇんだよマジで!! そっ、そうだ! おにいちゃんが死なないように身体ぁ作り変えてやるよ! 血液だって魔力で補填して――」


喚く塁を半ば無視しながら、ついに消え去る間際――紅蘭は喉を振り絞り、辞世の思いを叫びと変えた。



「さらばだまりたん! 短い間ではあったが、かけがえのない日々を共有してくれて、我はとても嬉しかった!! 感謝する!!!」



それを最後に。


紅蘭は塁と共に。


跡形も無くして、羈絆門へと飲込まれた。