自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

援撃録-バクレイリンカネーション-II

小刻み且つ不規則に空気を振動させる揺れに近しい音にて、樹矢は閉じていた目をパチリと開いた。


『よぉ。お目覚めかい少年』


樹矢の傍に佇む、白装束の女がはにかんでいる。


『久しぶりだねぇ。つーかボロ雑巾の方がマシだろっつーくらいにボロボロじゃん? 争い諍(いさか)いを嫌っていた少年がこんなになるまでも抗ってたっつーのは、立派を通り越して偉業だろうよ。感激、非常に感激』


「あの、はい。おはようございま……す?」



とりあえず挨拶を返したはいいものの、状況が全く把握出来ないが故の、疑問符である。


確か自分は先程まで逃れる事の出来ない死の連鎖、ないしは終わりの見えない死のループに埋もれてしまっていた筈なのに。


なのに、己の胸にはもう空洞は開いていなかった。


『少年に刻まれた瑕疵(きず)はさ、なんだか見てて居た堪れなかったし、あたしが治し……たんじゃなくて、ふっ飛ばしといたよ』


『痛いの痛いの飛んでけ~ってあるじゃん、あんな感じにさぁ』


「ふっ飛ばしといただなんて。そんな簡単に覆せるもんなんだ……」



どれだけ足掻いても引き離せなかった付き纏う死から解放をしてくれたらしい、目の前の女性。


確証は得られないながらも、どうやら自分にとっては味方という部類、らしい。



(というか……知り合いなのかこの人は。なんか久しぶりだねぇとか言われた気がしたが、空耳じゃあないよな)



妙に馴れ馴れしく接してくる、やたらとフレンドリーに少年少年言いながらべたべたと肩とか頭とかを撫でてくるこの人は、ひょっとして自分にとっての既知の存在なのか?


はて、自分にはこんな格好の良いシニカルな成人女性の知り合いはいたのだろうかと、樹矢は脳内の記憶を呼び起こそうと試みるも、しかし名前が思い浮かんでこない。



女性、女性、女性である。



元来の本分というか素性の延長線上が学生だった自分にとって、クラスメイトや親族以外に女性の知り合いは、数える迄もないというかそもそもがいなかったと思うのだが。


ならばこのゲームの関係者各位のいずれか――参加者あるいは企画者のどちらかに違いないのだろうけれど、やはり樹矢に思い出すことは出来なかった。


だけどもストレートに名を尋ねるのは失礼にあたるのではないかと考えたが故に、樹矢は取り急ぎの現況を相手へ確認することでお茶を濁すことにした。



「えっと、ちなみに。今ってどんな感じですか?」


パスカルのこと? 目下、あたしの本体がじゃれ合ってる感じだよ。まだ終わってないし、なんなら若干圧されている具合かねぇ』


「お姉さんでも無理なんですか」


『虚勢を張って万事万端と啖呵を切りたいのはやまやまながら、ぶっちゃけしんどいかな』


『やれやれ、それなりに付き合いが長い間柄だったが、ここまでべらぼうに強いのは予想外だよ……。孵化したっつーか羽化したっつーか、弱音を吐くのは主義に反するがしかし、このままだと負けちまう』



嘆息する女性の遥か後方、樹矢の視線の先には、蒼と紅の二対の光が、空中で幾度となく衝突を繰り返しているのが見えた。


保育園から小学校に上がるか上がらないか位の自分に映画館で観たアニメのクライマックスにて、同様のシーンがあった気がするが、画面越しではない純然たる現実(リアル)にて展開される其れは、果たしてどんな結末を迎えるのだろう。


それらを取り巻く周囲一面を彩り鮮やかな閃光と爆発音とが絶え間なく埋め尽くし、後方から前方へとすさまじい勢いで流れていく数多の破片が見受けられる点から、爆心地よりかなり離れた場所まで遠ざかっているのが分かった。


「ですか。全く歯が立たないと?」


『少年と違って多少ならばダメージを通すことは出来るが精々外殻を削るのがやっとさね、圧倒的に火力が足りない』


「ふぅん……」


控えめな言動とも捉えられるそれは、しかし真実なのであろうと樹矢は考えた。


当たり前の様に今や自分は意識を取り戻し、且つ浮遊しパスカルから遠ざかっている最中、飛来する幾多の岩片より守られている事実を加味した上で、そう考えた。


先程まで自分が立っていた地面が、そもそも見当たらないのだから。



『あぁ。それならさっきあたしが全部割っちゃった。必殺技の8億トンパンチでねぇ』


「はぁ、そうですか……」



必殺技の8億トンパンチ、なんて頭が悪そうな響きなのだろうかと半ば呆れてしまう樹矢だったのだが、それはけっして誤魔化し交じりの冗談の類ではない、純然たる事実を述べただけなのだろうと考えを改める。


言っている意味が図りかねるというよりかはむしろ、理解が追い付いていない。


話のスケールがでか過ぎるのだ。


誇張せずにそのままの表現が指し示しているのは、つまり自分が眠っている間に想像を絶する熾烈な攻防が繰り広げられていたという証左に他ならない。



『話を戻すが少年。君はこれからどうしたい』


「どうしたい、とは?」


『決まってるじゃないか。絶体絶命の苦境の現状に対し、白旗を上げて降参するか、それとも諦めずに闘い続けるか』


視線が合う者全てを射抜くかの様な切れ長の眼尻が狭まり、女性は樹矢をじっと見つめる。


それを受け、樹矢はふぅと息を吐き、眼を閉じながら呟いた。



「僕はね、約束をしたんです」


『約束?』


「えぇ。もはや誰としたものかは忘れてしまいましたが、それでも内容までは忘れていない」




全てを終わらせると、誓ったんです。




「だから諦めない。諦められる訳がない。終わった筈だったこの命、勝つ為には活かすしかないんです」



『やっぱ……アンタに惚れたのは間違いじゃなかったね』



「え。今、なんと?」



『ふふふ、独り言さ。つーか少年、決意は十分に伝わったが、手立てはあるのか?』


あたしに出来る事はなんでもするけどよ、と女性は樹矢へと言った。


「策はあります。無論あなたの力を借りる事前提な、起死回生の挽回策を思い付きました」


『おぉいいねぇ! 具体的にはどうすればいいのさ』


「準備をする為の時間を稼いでいただきたいのですが、お姉さんは あ と ど れ く ら い 耐えられそうですか?」


『持ってあと2分、頑張っても3分位が関の山かねぇ』


「ならば更にもっと頑張ってください。追加で2分の、計5分」


「正確には327秒の時間を、なんとかして捻出してください」


『随分と無茶を言うねぇ。勝つ為の算盤(そろばん)はちゃあんと弾き終わったっつー訳かい』


「よくて20……なんなら10%にも満たない確率かもしれませんが、パスカルを倒すにはきっとこの手しかないと考えています」



想うだけで対象へ逃れられない致死を付与する能力。


爆霊をも上回る超々高火力の追尾式範囲指定爆破能力。


爆破属性しか通らない上ほぼノータイムで全回復する再生能力。



どれか一つだけでも厄介な特性を三つも持ち合わせている“極后狗”を打倒せんとする、策。


大罪人と自爆霊の二人は、両者前を見据えて動き出した。



『んじゃま、行くかね』


「えぇ。行きましょう」