自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

援撃録-バクレイリンカネーション-Ⅰ

パスカルは驚嘆する。


意表を突かれた訳でもなければ、不意を突かれた訳でもない。


声を掛けられ、相手を認識した後に展開された、刹那名の攻防が齎された結果に対して、彼女はわき腹にあたる部位をごっそりと持っていかれていた。


痛覚なんていう概念は今の彼女には既に無く、且つ意識をするまでもなくその負傷箇所はシュウシュウと音を立ててものの数秒で完治してしまったとはいえ、にわかには考え難い事象なのである。



何故ならば。



完全体に相成った己に負傷を施せる存在が こ の 世 界 線 に お い て 未だ実在しているという可能性は、極めて零に近かったのだから。



『おーおーおー、いいねぇその表情。まるで鳩が豆鉄砲を食ったような呆け具合。見物、非常に見物』



からからと笑う乱入者――ちぐはぐな白装束を無理矢理身に纏った長身の女は、パスカルに比べて無傷である。



『貴様、如何なる手品を用いたのかぇ?』


相手が具現化した暴力のシンボルとの接触の間際――ないし、自分に対して敵意を向けられた瞬間、パスカルは至福暗転-レフトプッシュ-を発動したにもかかわらず、どういう訳だか眼前の女はピンピンしている。


免れない致死を付与することが可能である其れが、適応されていないとは即ち――。



『成程。理解したわ、おのれの正体をな』



『おやぁ。完ッ全に人外な外見だってのにオツムは多少回るみたいでびっくりしたぜ。意外、非常に意外』



私の44番目の元彼が書いた推理小説の結末ぐらいびっくりだぜと、長身の女はなおも高らかに笑う。



『余の躰に負傷を施せて、余の至福暗転が効かずということは、つまりはそういうことじゃろ――なぁ、ボム……』



と、パスカルが相手の正体を看破した上で真偽を問おうとしていた途中で、『おーっと待った待った!』と長身の女はその台詞を遮った。



『私が誰か何者かなんてこの際、この場面じゃあどうでもいいだろう? いや、正確には“ワタシ”っつー方が正しいんだろうかもしれないけどさぁ』



別にいいじゃんそんな些事はよ、と長身の女は言う。


みれば彼女の周囲には、パスカルを負傷せしめたイメージ群の第二陣がふわふわと、それでいてひしめき合う様に出現している。



『ぶっちゃけさー、こうやって対峙してさー、改めて思うんだよなぁ』



『ラスボス戦特有のお約束、使い古されたお決まりの手法っつーかご都合主義っつーか? まぁよくあるテンプレートの一種とほぼ同義の《かつての敵だった存在が主人公の窮地を救うべく颯爽と現れて時間を稼ぐ》的な?』



『やってる当事者としちゃあ何もその枠に留まらずにこの手で引導を渡してやろうと息巻いていたのは、混じりッ気の無い100%中100%の本音なんだけど、でもさぁ』



軽口を叩きつつも、女の頬には一筋の汗が流れていた。



『お前ってば……規格外過ぎ。マジで底が見え無ェよ……』



『敵わないと理解しながらも、叶わないと実感しながらも、それでも貴様は剥き出しの敵愾心を収めてはくれぬのだろう?』


だらんと垂れ下がったニ本の腕(かいな)をゆっくりと前に突き出すパスカルは、そう返す。



彼女が儀式を完遂し“極后狗”と為ってより初となる 加 減 の 一 切 出 来 な い 臨 戦 態 勢 へ と 移 行 した瞬間であった。



『かつては貴様らには悩まされたものじゃったわ。例の憎き十一の支配者達以上に ど う し よ う も な く 手 も 足 も 出 な い 存 在 だった、貴様らにはな』



『でももう違うってか? ははぁん、一切芸を覚えなかったワンコロ風情が、今やダブルで“お手”をしていやがる。笑止。非常に笑止』



やや黒みがかった蒼白色の螺旋の渦を形成し、パスカルはため息をつく。




『よもやここから先、どう足掻こうとも無駄よ。精々その身滅ぶまで、とっくと味わい尽くすがよい』




『余の第二の矛たる憎亞瀑破(ゾアバッハ)をのぅ』





そして数多の閃光の波が、周囲から影という影の存在を抹消し、辺りは死滅の光に包み込まれた。