自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。原則毎週水or木曜日更新。

【北園紅蘭 -第三回戦前日③-】

敵たる天の使徒をもうじきこの手にかけられると悦びに打ち震えながら、それでも急ぐ気を削ぐべく坐禅を組み瞑想していた士の元へと、予期せぬ来訪者が現れた。



薄河冥奈。大罪ランクは9位の、兄依存症。



「こんちゃーっす。ねぇねぇおじいちゃん、ちょっとお願いがあって来――」


ボリュームのあるウェーブのかかった桃色ツインテールを揺らしながら近づく地下アイドルに対し、士は予備動作無しに致命の直突きを顔面へと放った。


しかしその攻撃は不発に終わり、虚しく空を切ることとなる。


「っ、ととっ。怖いなぁもう! 有無を言わさず言語道断に即ブッパとか、物騒にも程があるよー」


握った両拳を頬に当てながら首を傾げてみせる冥奈。


いつの間にやら士の真横に座り込んでいる。


「? ……何故じゃ」


第二回戦でかつての弟子との攻防を間近で観戦した際、優れた才を有している認識はあったものの、打撃をかわされる想定はなかった為、士は疑問の声をあげた。


そもそも前提として、士は徒手空拳において手加減というものが出来ない。


第二回戦終盤にて閂の頸椎部を捻じ曲げた時も、第三回戦ルール説明時に村雨の腕を破壊した時も、半ば条件反射で攻撃を繰り出している。


呼吸をするぐらい自然に、当たり前のように規格外の暴力を揮っている。


傭兵という職業柄、銃器の取り扱いに長けているのは勿論ではあるが、接近戦において自らと鎬を削れるほどの相手と対峙した経験が極端に少ない(半世紀程前から“地上最強”の自負もある)故に、彼が本気を出すのは稀有であった。


第二回戦に弟子の沙羅とやりあった際ですらも、士にとってはじゃれ合う位の度合いでしかない。


「……ひょっ!」


先ほどより疾く鋭い肘撃ちを、隣に佇む美少女に向けて繰り出した。


鈍く重い炸裂音とほぼ同時に、石造りの壁面が破壊され、割れた欠片が飛び散るも、手応えは皆無。


「だー、もうっ。そうやってすぐに暴力を振るうのって、人としてどうかと思うよ! ぷんぷん」


人差し指を天井へ立てた握り拳をこめかみにあてながら、今度は真正面に立っている冥奈。


「二度あることは三度あると言うが・・・・・・はて、わしも腕が鈍ったかのぅ」


重い腰を上げ、ここではじめて構えを見せる士。


「【オールベット】を使えば容易いのかもしらんが、お主が天使様と繋がっておると仮定すれば、手の内を無駄に晒すリスクは避けたい所」



「じゃからこれより 少 し だ け 本気を出してやろう」



それはとても奇妙な佇まいであった。


折り曲げた右足を外側から組んだ両腕でがっちりと抱え込み、鶴が如く片足で立っている。


一見するとかなり不安定な格好ではあるが、体幹は真っ直ぐであるからだろうか、ブレる事無く微動だにしない。



「巨獣具現之型――一尾、“謂未栗鼠”(いわりす)」



「!!!」



冥奈はぎょっとし、己の目を疑った。


構えを解かずして不動の体勢の士の眼前に、巨大な尻尾の様な物体が浮き上がったからである。


突如室内に出現したその手触りの良さそうなふわふわとした毛の隙間から、バスケットボール大の物体が猛スピードで冥奈の顔面へと向かって来ていた。


認識するよりも素早く飛んできたそれは、鼻先に触れるか触れないかの距離でようやく外観が見て取れる。


小動物の口蓋がちぐはぐに縫い合わされたかのような、見るもおぞましい見た目であった。


第二回戦において沙羅と対峙した時にも似たような感覚を味わった冥奈だが、その時よりも更に明確な殺意のイメージの集合体。


そっと触れるだけでも指先ごと食い散らかされそうな暴力の塊に、ぞわりと首筋が粟立つ。


しかし冥奈にとって、あの時とは状況と勝手が違った。


(食われるというより、むしろ当たれば死ぬに違いないんだろうけれど……当たらなければどうということはないよね)


まるでこの世の全てが静止したかのような時間感覚の中で、彼女は新たに得た力を行使する。



(【ニードレストレス】オフ、レベル2【ボルテックストレート】、オン)



直後、冥奈はその場から消失し、背後の扉が木っ端微塵に破壊された。


「ほほぅ、初手に於いて最もかわし辛い一尾をも避けるか。中々やるのぅ、乳袋の大きなおねえちゃんよ」


パラパラと音を立てて落ちる破片を振り払いながら、士は冥奈へと称賛の意を送った。


「つーか今のってば絶対に死んじゃう奴じゃん。殺意が高すぎるよ!」


ぶんぶんと腕を振りながらおどけてみせる冥奈だったが、内心紙一重だったと己の無事に安堵していた。


「して、話を戻そうか。此度はどんな要件でこの老いぼれに会いに来たのじゃ?」


「おじいちゃんと事を構えようって訳じゃあないの。なんかさーよく分かんないけど、あの中性的な翼を生やしている人と因縁があるっぽいじゃん?」


「執着があるからには、余計な邪魔が入ると鬱陶しいって思うの」


「ごもっともじゃのう」


「でね、でね。他の要因に煩わされず存分に闘えるよう取り計らうから、対価としてあたしに稽古をつけてほしいの」


「その先に何を望むのか、聞かせてもらえんかの」


第三回戦が始まる直前、前夜にも関わらず敢えて身体を養わずに命がけの特訓を希望する冥奈。


その真意を図りかねていた士からの素朴な疑問に対して、彼女は邪悪そのものの微笑を携えて、応える。


「あなたの元弟子の西乃沙羅――あたしのおにいちゃんの仇であるアイツを、絶望のドン底に突き落としてやりたいから。だから、」



「 も っ と も っ と 強 く な っ て ぐ ち ゃ ぐ ち ゃ に し て や る の 」



「敗退するのが怖くないといえば、勿論そんなことはないけれど」


「ストイックでストロング・シニカルにラジカルなあの女の、“最高の表情”を、あたしのこの手で暴いてやりたいという期待が、死という恐怖を上回っているだけなの」


「だからさ、ね? おじいちゃんも瞑想するぐらいに暇だったらさ、若いギャルと一夜を過ごすのも一興じゃないのかなぁって」


エッグポーズをしたままはにかむ冥奈を見、士はついに破顔した。


「かかかっ! その若さでありながらこうも歪んでおるとは、狂っておる。いい具合にイカレておるのう」


「その心意気や良し。あいわかった、暫しの間だが、お主の我が儘に付き合ってやろう」


「マジ!? やった、やった! あっ、でも手を抜いちゃあ駄目だかんね。常に殺す気でお願いします」


ぴょんぴょんと飛び跳ね、ぺこりと一礼をしながらも、一切の隙を見せないうら若き地下アイドル。


対面で手ごろな暇潰しの道具を見つけたからか、にんまりと口角を上げる古老兵。



大罪ランク二位、恋愛依存症、西乃沙羅。



現残存プレイヤー内で最上位に君臨する女狼への脅威が、彼女の与り知らぬ処にて着実に育まれているとは、よもや知覚出来る筈も無く――。


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「よぉ二枚目」


「む、想定では貴様と鉢合わさずに明日を迎える筈であったのだが、どうしたものか」


樹矢との対談を終え、回理子とふるるが待つ自室へと戻ろうと昏い通路を歩いていた紅蘭は、薄ぼんやりとした長身のシルエットに対し、眉をしかめた。


「コソコソと動き回る奴にゃあロクな奴はいない、ってな。49番目の元彼と付き合った際に学んだんだ。で、私の大事な年下彼氏に何の用だったんだよ」


「なぁにちょっとした交渉だ。取るに足らない野暮でしかない」


「サシで話すような内容か? 例えば私がいれば不味いとか」


「勘ぐるでない。そんなに気になるならばあ奴に聞いてみれば良いだろう。包み隠さず、虚飾を交えず。誠実な彼氏様は、誠心誠意事実のみを貴様に伝えるであろうよ」


ゲーム参加時より両者がまともに会話を交えるのはこれが初にもかかわらず、沙羅と紅蘭は互いに互いを揶揄するような、一種の親近感を纏った雰囲気を醸し出していた。



「昔から変わらねぇなアンタは」


「貴様は変容し過ぎているがな」



丸刈りにされた黒頭のガキ大将と、三つ編みにされたショートカットの泣きべそをかいた女の子。


二十年程前における和楽芭公園での過去が両者の脳裏に霞み浮ぶ。


「折角だし今ここでリベンジマッチをおっぱじめたって構わないんだぜ?」


「やめておけ。そんなことをすれば確実に集中治療室に運び込まれることになるぞ。我がな」


「こいつぁ大きく出たねぇ。いいぜ、第三回戦前の肩慣らしにはちょうど良い……ってお前がかよ!」


「ふははは! ノリ突っ込みまで出来るようになるとは、本当に今の貴様は昔に比べて別の生き物に進化出来たのだな」


「最高のお嫁さんになる為には、色々と知見が必要なのさ。つってもその前に、このふざけたデスゲームを生き残らなきゃあならないけどな」


「違いない。我も未だ為すべきタスクが山積みだ。むざむざ犬死するつもりは無いが……実のところ、拭いきれぬ不安要素はいくつかある」


「一つは我のパートナーの問題故に伏せるが……あの神話生物にも似た異形の存在ら――追跡者とやらから果たして我らは無事に逃れきれるのであろうか」


「へぇ。傲岸不遜なアンタでも、弱音を吐いたりするんだね。意外、非常に意外」


軽口を叩きつつも、一抹の不安は沙羅自身にも思うところがあった。


凡そヒトとはかけ離れた外観に秘める潜在能力(オーラ)は、どう考えても師匠だった央栄士でようやく五分であろうという、算盤を弾いた微かな希望的観測。


彼らが沙羅の固有能力【ワンダーラビット】を単なる身体能力強化と誤認しているならばまだしも、それが ブ ラ フ で あ る と見破られているならば、生存確率は著しく下がるのは自明の理である。



(追跡者の定義が参加者と同義であるなら――【ピーピングボム】が 効 く なら、切り抜ける事が出来るのかもしれないけど、それでも遭遇することなくやり過ごすに越したことはないよなぁ)



逡巡する沙羅へと、紅蘭は話を続ける。


「挟み撃ちにされれば勝ち目は無いと我は踏んでおる。そうなる前に、そうならない様に、片方のデカブツは我が責任を持って引き留めてやろう」


「あん? 金赤頭の外人チックな美少年に比べたら、どう考えてもそっちの方がヤバそうなのに?」


「たわけ。反魂玉がまだ2つもあるのだぞ? 二回死んでも良いというアドバンテージがこちら側にはあるのだ」


「それに 新 製 品 のサンプリングに試すには良い実験台となろうよ」


「ふーん。じゃあ任せるけど、あんま無茶すんなよな」


「お気遣い痛み入る。では、ここらで失礼させていただこう」


それで終わりだと言わんばかりに、沙羅と紅蘭は歩き出した。


二人が交差し離れる際、右と左の手の平がパァンと小気味良い音を立てて、叩かれた。



「死ぬんじゃねぇぞ」


「当たり前であろう」



別れを告げる言葉は、交わされなかった。


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第三回戦“亜⇔罪-マッドケイドロ-”



それは事実上の決勝戦である。



180分の刻を追跡者から逃げ切り、制限時間経過後に現出する門へと生きたままで辿り着けたならば、唯一を問わず資格を持つ全員が勝者となる。



当初より大きく軌道修正の為された、救済措置。



爆死せずに現存する大罪人達に訪れる、最後にして最大の恩赦。



しかし、それは決して叶わない。



七 人 中 六 人 が 命 を 落 と す 、かつてない阿鼻叫喚の舞台にて、彼ら彼女らは足掻き悶える未来を迎えるのだから。