自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【Phase4-B 西乃沙羅 残色 白:3 黒:0 赤:4】

「ぬぅ~、不本意なんだけど、アレだ。今まで隠していて悪かった。実は私が黒羊だったり」


第4回目の投票会の場である円形の間にて、出し抜けに沙羅は残りのプレイヤーである士・冥奈へと言い放つ。


「ぼちぼち白羊の数も減ってきたしさ。一時的に組んでいた少年を含むと4人いて、偶数だと投票の時に割り切れて都合悪いな~って思ってさ。最後にイイ思いしようと襲おうとしたんだけど、身の危険を感じたのかいきなり舌ぁ噛み切って自害しちゃって。遺憾、非常に遺憾」


「てな訳で今からお前らぶっ殺す事にしたし。どっちから赤羊になりたいよ? なんなら二人同時に来ても一向に構わないけど」


しゅっしゅっと、シャドーボクシングジェスチャーを行いながら、あからさま過ぎる挑発の姿勢を見せる沙羅だった。


「・・・・・・ふへっ!」


唾液が飛沫になるぐらいの勢いで吹き出した冥奈は、まるで狂人を相手にするかのように、それでいて半笑いの表情で沙羅へと応える。


「あん? アイドルにしちゃあ気持ち悪ぃ笑い方だなおい。何がおかしい」


「いやいやお姉さまってば、傲岸不遜な態度で真犯人気取ってのぼせ上ってるんで敢えて言っときますけどね」


「あたしとこのおじいちゃんが投票したら、お姉様が黒羊ってことでゲーム終了じゃないですか」


「状況的には詰みなのに余裕綽々な態度がもうそれはそれは滑稽で・・・・・・ふへっ! ふへへっ! ・・・・・・失礼、でもおかしくて・・・・・・ふへへへっ!!」


「投票が 無 事 に 終 了 すれば、な。誰が黒羊であるかを記入して、あの箱に入れなきゃあ投票が投票として成立しないなら、私が自分の用紙を書かずに持ったまま、お前ら二人をぶっ殺せば良い話だ」



目下開催されている第二回戦“羊探索-シープシーク-”の対戦規則の第六項。



投票タイムに参加しなければペナルティとして爆死、とある。



黒羊? と沙羅は自ら宣言したものの、参加自体はしているので、確かに規則を破る抵触行為には及んでいなった。



「相も変わらず嘘が下手じゃのうお主は」


士が後頭部を掻きながら、白い椅子に座ったままの姿勢で喋り始めた。


「下手よりもむしろベタじゃな。図工の時間に尋常小学生が木工用ボンドで指先を白く染めるぐらいに、ベッタベタじゃわ」


「ひとつめは見過ごすとしても、問題はふたつめよ」


「そこの乳袋の大きな桃色髪のお嬢ちゃんは知らんが、儂とお主が殺り合う理由なぞ、なーんもありゃあせんじゃろ」


「ま、仮にやったとしても今のお主じゃあ儂には勝てん」


「体術は勿論のこと、固有能力も持っておるでな」


「はんっ。確かに爺、お前の【オールベット】は本大会指折りの暴力性を有しているんだろうが、んなもんやってみねーと分からねぇだろ?」


樹矢の【ジャンキーポット】により、沙羅は既に生存している参加者の固有能力を全て把握していた。


央栄士。大罪ランク第十位。


固有能力【オールベット】


任意での発動後17分以内であれば、他ゲーム参加者と接触することにより 問 答 無 用 で 相 手 を 爆 破 する起爆霊真韻(マイん)を具現化する事が可能。


ただし制約として、発動後の途中制止が出来ず、制限時間を過ぎるまでに他対象に接触が出来なければ自身が爆発してしまうという、諸刃の剣じみたペナルティをも有している。


「それに理由ならあるさ、いや――動機とも言えるか」


「ほぅ、興味深いな。お聞かせ願えるかな?」


「アンタとはぐれてからの私がどれだけ強くなったか純粋に確かめてみたい、いわば師弟対決だな。恩師を超えてこその弟子ってもんだろう」


「ダサッ! 何その廃れたスポ根マンガ的な理由。あたしには関係ないし勝手にやってって感じだよぉ~」


「待て待てメイちゃん。この爺ぃよりも私とメイちゃん同士の方が、縁は深いと思うぜ。因縁ってか、宿命ってか、そんな繋がりがあると断言できる」


「みなみ君つながりって事? まだ知り合って半年も経っていないのに仲良しグループだとでも言う――」



「 厚 山 太 っ て 知 っ て る か ?」



「 お 前 の 腹 違 い の 大 事 な 大 事 な お 兄 ち ゃ ん 」



「 そ い つ を 爆 死 さ せ た の は 私 な ん だ よ な あ 」



どこからどう眺めても悪役としか見えないような酷薄な表情のままに沙羅が告白した内容を受けて、冥奈の表情から笑みが消える。


「だったら――そうだったらどうしたっていうの」


「 別 に ぃ ~ ? ただ言ってみただけってのもあるし、兄貴の仇討ちすらしてこないタマ無しなんだって私が思っているだけさ。軟弱、非常に軟弱。29番目の元彼以下の軟弱さだよ本当」


ぶちりッ、と。


冥奈は、自分の左こめかみ辺りから破裂音が聴こえた気がした。


「もういい、なんかムカついたし殺す」


「わかりやすいなぁ。いいよ~、シンプルですっごくいい」


中腰よりも更に体勢を低くし、160度ばかり股を開き、両腕を地面と平行に真横に伸ばした構えを取りながら、沙羅は冥奈を尚も挑発する。


「かかってこいよブラコン」


―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―

露骨過ぎる挑発に乗った形に一見して見えるかもしれないが、それを受けて 逆 上 し て い る 振 り をしながら、冥奈は沙羅と対峙し、そして考える。


(みなみ君は勿論のこと、あたしは太おにいちゃんが血縁であるとは誰にも話してはいないのに)


(何故この女はその事実を知っていた?)


(太おにいちゃんがやられる前にしゃべった・・・・・・のは無い、よね)


(だって彼は 妹 の 存 在 を 知 ら な い し、自らが兄である認識も無かったんだもん)


今までに見た事のない相手の構えに攻めあぐねているかのような、苛立ちながらも戸惑っているような、困惑した表情を 敢 え て 作 り ながら、冥奈は不信感を抱いていた。


(正攻法というか通常、戸籍謄本を閲覧すれば個人事項の欄から血の繋がりは確認出来るんだろうけど、そこまで回りくどい真似をするとは考え辛いし)


(あるいは絵重センセーと音楽室でバトっていた一部始終を あ た し が こ っ そ り 覗 い て い た 事 実 が既にバレていたから訝しんだ、とか?)


疑惑の対象である沙羅といえば、2メートル近い長身が、今や自身の目線より低い位置にまで下がっている。


さながらそれは、有機物である人が無機物である壁を模したかの様な、ちぐはぐで奇怪な構えであった。


(パッと見、拳撃型-ストライカー-っぽくない感じ。極端すぎる重心の低さから推察するに、どうにも掴技型-グラップラー-っぽい)


相対する距離感は約10メートル弱で、沙羅の方から冥奈へと仕掛けてくる様子は無さそうである。


(いずれにせよあたしは受け流しからの投げ技主流だし。つっても・・・・・・接近しすぎると ヤ バ そ う だもんなぁ・・・・・・)



学生の身である冥奈は、部活動には何処にも所属していない、いうなれば帰宅部である。


地下アイドル業を勉強の片手間に営んでいるものの、自主的なトレーニング等は生まれてこの方一度も行ったことが無い。


だが彼女は、有段武道経験者はおろか、格闘技において同年代の中では性別を問わず、群を抜いてのセンスの持ち主であった。


稽古や試合を 眺 め る だ け で 大体の要領というか、コツが彼女には掴めてしまうが故に。


そんな天恵の才を有する冥奈から見ても、目の前の女性は脅威に他ならない。


相対する事で香る、強烈な暴力の色濃き匂い。


いわゆる“本物”が発する圧力に、手を抜けば死を招くであろう予感に、素肌がピリピリと騒(ざわ)めく。


(迂闊には近付けないなら、遠距離から攻めるのが定石だよね)


冥奈はおもむろに懐中からそれらを取り出す。



切先の研ぎ澄まされたダガーナイフが、四挺ばかり。



「ーーシュッ!」



「!!!」



冥奈は、左右の人差指と中指と薬指に挟まんだままに、上から振り下ろし下から振り上げーー沙羅へと投擲を行う。


直線の軌道を描きながら襲い来る銀色の刃々に対して、沙羅はそれらを避けずに、微動だにしなかった。



ドスっ、ドスドスっ、と。



放たれたダガーナイフの4本中内3本が、沙羅の左脚脛部・右肩部・右上腕部の計3箇所に命中――突き刺さった。


「・・・・・・~~ったいなぁ。激痛、非常に激痛」


身に纏った服の布地にじわりじわりと血痕が滲み出るも、沙羅は依然として構えを解かずに軽口を叩く。


(距離が離れている所為で貫通はしていない)


(それに大して堪えている様子も伺えない)


(となるとやっぱし、直接この手で始末を付けるっきゃないよね)


冥奈は観念し、自らも半身の構えを取り、摺り足で沙羅へと滲み寄っていく。


「おっ。やーっとこっちに来てくれるのか」


「失血死を期待してなくはなかったけど、見た所傷は浅そうですから」


この手で直に終わらせますと、冥奈はゆらりと右手を前に突き出した。


(触れたものを“遅くする”固有能力【ニードレストレス】――か)


第一回戦の最中、一時的ではあるが沙羅と樹矢と冥奈らは、制限時間の順延を図るべく同盟を組んでいた時期があった。


その際、日中問わず処刑者を逆に追い回してじゃれ合っている(等と冥奈は嘯いていたが実際の所は一方的な殲滅である)話題になった時、大まかな能力は聞いていたものの、樹矢の【ジャンキーポット】により“手で触れる”事が発動条件である事を、沙羅は知っている。


(原理としては血液の流れを“遅く”して激痛が走るってな寸法だろうが、問題は能力発動から ど れ だ け の 速 さ で 影 響 が 出 る かが要……だが)


(耐え切れよ~、私)


既に両者の距離は3メートルにまで縮まっていた。


沙羅の攻撃が届く範囲は、残す所僅か30cmに満たない。


「ここいらが限界かにゃ~。でわでわ・・・・・・いきますっ!!」


引いた左脚の踵(かかと)を地面に穿ち、推進力を前面に変換――ホバー移動めいた特殊な歩術にて、冥奈は一気に距離を詰めて、沙羅へと迫る。


手を伸ばせば互いに触れられる位置関係まで接近した冥奈は、突き出した右手の中指と人差指をぴったりとくっつけ、沙羅の顔面目掛けて裏拳の様な攻撃を放った。


(!! ――目打ち――!!)



競技用では禁止されているのが殆どであるが、格闘技や武術の本質として、人体を如何に効率的に破壊するかが根底にある。


急所である目を狙う――視力を奪う攻撃方法は、一般的には空手の目突きが有名であろうが、冥奈の放った目打ちは似ている様で異なるものであった。



伸ばした指を眼球ごと潰し脳を破壊する目突きは殺傷能力に優れているものの、使いどころに難い手法である。


対戦相手が正面を向いていなければ命中の精度は著しく低下してしまうし、顎を引いて打点を額にずらされれるだけで、攻者が逆に骨折する可能性も十二分にあるのだ。


戦闘中か否かは問わず、動く対象の双眸へとピンポイントに指を貫く行為は、限りなく困難である。


しかし、ことこの目打ちに関しては眼球を突くのではなく目の付近に打撃を加える技であり――経験者でなければ躱す事すら困難な、相手の視力を的確に奪う初手の役割を担っていた。


まともに決まれば少なくとも3秒間は視力を奪われるこの攻撃方法に対し、沙羅は眼を瞑り対処する。



――ぐちゃり。



手首のスナップを効かせた二本の指の背面及び手の甲が、沙羅の右目付近に命中し、鼻の骨を折った。


手で触れている・接触しているものの、冥奈は「最悪当たれば良い」程度に考え、一時的に視力を奪った後、確実に投げ技を決めるつもりだっただけに、予想以上のクリーンヒットに多少なりとも驚いていた。


(これも回避防御無し――――うおっ!?)



左方向より、死神の鎌が如き横蹴りが冥奈へと迫っていた。


為すがままであった沙羅からの初の反撃に対し、冥奈は即座に対処方法を考える。


むしろ考えるまでも無い一択――受ければ甚大なダメージをこうむる事が容易に想像たらしめた故に、避けるしかなかった。


伏せるには低過ぎて、飛越えるには高過ぎる、絶妙な位置を刈る横薙ぎを、冥奈は胸を中心とした変則的な宙返りにて辛うじて回避。


刺さったダガーナイフのダメージありきだったのか、速度が普段の其れからは格段に落ちていたこともあって、なんとか冥奈は躱すに至ったのだが。


回避行動によりつま先が宙に投げ出された空中にて――逆転した視界の中、躱したはずの蹴りが 下 方 よ り せ り 上 が っ て 来 る 。


オーケストラの指揮者が振りかざすタクトのように、沙羅は放った横蹴りの勢いを殺ぐ事無く、踵落しに動きを繋げていた。


隙を許さぬ二段構えである。


が、片足立ちに重力を加え全力で冥奈の胴体へ向けて振り下ろしている途中にて。


沙羅は不自然ににやつく対戦相手の余裕の笑みを見、即座にその真意に気がついてしまう。


(・・・・・・おいおいおいおい――そりゃあねぇぜ)



彼女が脇腹に抱えるは鈍い光を反射する、金属の塊。


火本国で日常生活を送る上では決してお目にかかれない、遠距離から最小限の動きで対象を行動不能に陥れる事が可能な、文明の利器。



拳銃、である。



北園紅蘭がCEOを努める独立行政書士法人【GalopWorks】の裏の顔である兵器改造部門が製造元である、型番は Gyaricom 819 L 通称“ギャリコ”。


己に向けられた銃口から9x19mmパラベラム弾が発射される刹那、沙羅は左右に伸ばした腕を畳んで、頭部を覆い、銃撃に備えた。


(ボディがガラ開き・・・・・・名残惜しいけど、ばいばーい☆)


如何に至近距離であったとしても、つい先程まで実際に手に取ったことすらなかった獲物を扱うにあたって、冥奈は最も的として大きな腹部を狙って、引き金を引いた。


既に脚部や腕部は負傷していたこともあり、外す確率の低い――当たり易い箇所を狙ったのだ。



パンッ!! パンッ!!



乾いた炸裂音が白で埋め尽くされた広間に響き渡り、



二発の銃創が沙羅のブラウスへと刻まれた。


―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―

ムーンサルトから手を付かずに着地した冥奈は、ほんの一瞬だけ沙羅から視線を外し、俯き加減に短く息を吐く。


命中後に硬直した様を確認したこともあって、自らの勝利を確信し、安堵した所為だ。


しゃがんだ姿勢から立ち上がり顔を上げたその先に。



――大きく開かれた


 猛 禽 類 の 口 蓋 部 の よ う な な に か が 、


自らへ迫っていた――。



無論これはあくまで冥奈が感じたイメージでしかなくて、実際の所彼女が目を離した一瞬の内に沙羅が四肢を限界まで伸ばし、全力で前方へ飛び掛った際に感じた圧力が故である。



喰われる、そう冥奈は思った。


次の瞬間、ふわりと全身に暖かい毛布をかけられた感覚があった。


小柄な女子学生の身体を、全身で抱き抱える成人女性。


(・・・・・・え?――あれ)


展開が急すぎて理解が追いつかない冥奈は、状況判断が間に合っていなかった。


「おいっ!!!!!」


「ひっ!?」


鼓膜を破らんばかりの爆音に、冥奈は息を呑んで硬直する。


そして――ここで自らが始めて 詰 ん で い た 事に、気が付いてしまった。



柔は剛を制する。


物理法則に擬(なぞら)えるならばそれは、



よ り 硬 い モ ノ の 方 が 壊 れ や す い 



(しまっ―――――!!!)



銃で仕留められなかったが為に、獣に仕留められる自身の悔恨を夢想する暇も、冥奈には与えられなかった。



「よい、しょっと」



冥奈と密着した部分を、力 一 杯 に 内 側 へ と 抱きしめる沙羅。



べきっ!

ごきっ!!

ばきっ!!!

ぼきっ!!!!



「ギャッ・・・・・・!! あ、あガ・・・・・・アァ・・・・・・グぅ・・・・・・・・・・・・」



合計16箇所にも亘る骨折の痛みに耐え切れず、切れ切れの絶叫にも似た悲鳴を喉元から搾り出して、冥奈は床へと倒れ込んだ。



「ととっ、ついつい力が篭っちゃった。こんな熱い抱擁は、75番目の元彼にした以来だぜ。懐古、非常に懐古」


冥奈が先頭不能と判断した沙羅は、その場でテキパキと負傷箇所の応急処置にかかる。


ダガーナイフを抜いて、破いた衣服で縛り上げる内に、腹部よりごろんと鉄製の板が滑り落ちた。


「やはり仕込んでおったか、抜け目の無い奴じゃのう」


欠伸をしながら一連の様を眺めていた士が、こともなげに言う。


「ここで倒れているコイツが準備してきたのと同様に、私も武装してきただけなんだけど、まさかピストルが出てくるとは思わなかったぜ」


「儂の部屋の 隠 し 扉 の 中 にはアサルトライフルやロケットランチャーが置いてあったぞい。かかっ! マシンガンを持ち出されておれば一瞬で蜂の巣じゃったとて」


「運も実力の内って言葉ぁ、知らないのかい? さてさて、連戦になるが、丁度良いハンデだろ・・・・・・存分にやろうぜ、師匠」


「手加減はしてやるが、手負いの獣に容赦はせん。すぐに壊れる真似だけはよすんじゃぞ」



かつての師へと向き合いながら、沙羅は思った。



(あっ・・・・・・駄目だ)



(私たぶんここで、死んじゃうわ)