やぶれかぶれのままに挑み、結果として窮地に追い込まれるも、首の皮一枚で破滅は免れた。
免れたのだが、しかし。
かつての師匠の乱入によりトドメを刺されなかった沙羅はというと、何の因果であるのか水中へと沈んでいる最中であった。
ブリューナクの槍によって肺の片側に深刻なダメージを受け、反魂玉による再生の最中――無駄のない動きによって首筋に当身を士に決められ、その身を沼へと放り投げられた結果である。
混濁し、微睡(まどろ)む意識の中、彼女はとある一情景を夢に見ることとなる。
覚醒する際に、それが指し示す非情な可能性を、未だ知り得ぬまま……。
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(どうにも解せない)
天獄からの刺客である皇飯屋は困惑していた。
第三回戦の追跡者を拝命し、仮初の姿にて事にあたっているとはいえ、序列四位“光槍の使徒”のNo.3である彼は、そもそもここまで手がかかるという予測は無かった。
(本当にこいつらは……人間なのか?)
大罪ランク2位の沙羅を逃し、戦線離脱のきっかけを作った張本人である目の前の老人――央栄士との攻防を繰り広げながら、皇は頭にこびりついては離れない疑問を反芻する。
(窮鼠猫を噛むなどもっての外……刈られるべき罪人風情にこの私が手を焼くなどと――――ぐッ!?)
「そうやってまぁた油断をする。躱している内ならまだしも、命中(あた)れば無事では済まんのじゃぞ?」
既に10回以上発射された殺人光線を物ともせず、間隙を縫うようにして攻めの手を緩めない士。
「身体も温まってきたことじゃし、手数を増やしていこうかのう」
「巨獣具現之型――八頭、“静々非々蛇々”(がらがらへび)」
途端、皇の周囲に、無数の頭蓋が出現した。
否、それらは人間の頭部程の大きさこそあれ、八方が鋭利な牙で覆われた、爬虫類に近しい禍々しき様相であった。
(幻術の類では無い、純然たる暴力のイメージ)
(この程度ならまだ回避出来るが、しかし……)
近~中距離より飛来する拳の嵐を全て躱しながら、未だ無傷である皇には一つの懸念があった。
(この猿が言うように、当たらなければどうということは無いが、当たってさえしまえばどうとでもなるのは事実)
(受ける事は許されない……全て避け切る必要が生じる)
触れることによって対象が爆破される固有能力を士が持っていることは、事前に皇は村雨により知り得ていた既知の情報である。
一度発動してしまえば止める事が不可能である【オールベット】を完封するには、もう片方の追跡者である塁よりも皇の方が対処に易いのだろう(それでも殺害不能-ノスフェラトゥ-の異名を冠する彼ならば耐え切る可能性も捨てがたいが)
(起爆霊である真韻が見えていない今ならば、爆発の追加効果は生まれ得ない)
しかし皇は現在、士が固有能力を発動していないのを承知の上で、回避行動に徹していた。
小出しにブリューナクの槍にて牽制は行いつつも、けっして深追いはせず、常人であれば必中不可避である数多の拳撃を、躱して、躱して、躱し続ける。
(命中の瞬間に固有能力を発動出来る か も し れ な い し 、固有能力無しのたった一撃に私が耐えられない か も し れ な い )
下等な存在であると軽んじながらも、皇にとって一切の油断は無かった。
そして、膠着する場を終わらせるべく、ため息をつきながら、両手を振るジェスチャーをし、相まみえる士へと言葉を投げかける。
「やれやれ。これでは埒があきませんね。もうやめにしませんか」
「おょ。音を上げるのが早いのぅ。もう降参かぇ?」
「冗談を。そんな筈無いでしょう。ちょこまかと蠅の様に纏わりつかれるのに、いささか嫌気が差しただけです」
言って、皇は。
両翼を静かに羽ばたかせてふわりと浮び、そのまま上へ上へと上昇していった。
「あなたが如何に強かろうが、」
空 中 に い る 存 在 へ は 手 を 出 せ や し な い で し ょ う 、と。
閉じられた双眸を開くことなく、追跡者は無慈悲なる宣告を行った。
「飾りではなかったと言うことか……てっきり仮装だと思っておったのじゃが」
「痴れ事を。伊達や酔狂でこのような格好をしている訳ではありません」
バチバチと音を立て、砲身を構えるように、白光する腕を突き出し、地面に佇む士へと狙いを定める皇。
「ターン制の攻防にも飽きてきた所です。次の一撃で葬って差し上げます」
「いやいや天使様よ。まだその当たらないビーム、打つのかぇ? 馬鹿の一つ覚えよろしく、何度やった所で儂に当たる訳が――」
「直径104メートル飛んで80センチ。無論最大出力ではありませんが、よもや流石のあなたであっても無理でしょうね」
「……は?」
「 消 し 飛 べ 」
瞬間、死をいざなう膨大な光の塊が、辺り一面に容赦なく降り注いだ。
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燃える木々を無感情に眺めながら、皇は地に足つけず、宙に浮いたままの姿勢で、独り言つ。
「久しぶりでしたが、やはり疲れますねこれは」
門が出現するまでにあと1時間以上あり、当然ながらに第三回戦が終幕を引くには、大罪人らは依然として残存しているのだろう。
絨毯爆撃が如く余物樹海を全て焼くのは、皇自身不可能ではないにせよ、それなりに骨が折れる作業となるのは目に見えていたので、散見する大罪人の気配を辿っては一人ずつ順番に始末していく手筈は、多少のアクシデントがあったとはいえ、変更する余地は無さそうであった。
「かなり強めに穿ったのだから、反魂玉を上回るダメージを与えられていれば良いのですが......死体すら残りませんでしたか」
大幅に地形が変わる程度には焦土と化した地上を、なんとはなしに一瞥する皇。
「途中まで遊んでいた女が沼に落ちたのは、彼女が放り出した最後の悪運とでもしておきましょう。密集する水分は、致し方ありませんからね」
宙から地へと降り立ち、続いて沙羅を排除すべく思案していた皇の脳裏に、警告文が浮かぶ。
【上方より脅威襲来】
【回避率:9% 致死率:31%】
予想だにしない展開に身が固まるが、その一瞬の硬直はもはや、どうしようもないまでに手遅れであった。
右肩から腰部にかけての激痛――一間を置いての爆発の衝撃を皇は受け、普段の彼の印象からは程遠い叫び声を上げた。
「!? アァァアアアアッ、グッ痛ゥアアッ!!!」
「片翼を捥がれた箇所がちぃっとばかり爆ぜた程度で、なーにを痛がっておるのじゃ」
『ゲッゲッゲッ! そりゃあ奴ら天使は四肢に比べて羽の方が神経通ってるからナァ!』
足の裏より小刻みな破裂音を反響させ、起爆霊たる真韻を伴いながら。
さも当然の様に、 央 栄 士 は 宙 に 浮 い て い る 。
「馬鹿なっ!? 何故生きている、というか浮いている!!」
「かっかっかっ! 如何にもテンプレート的なセリフをいただき恐悦至極! 嬉しいのぅ。なぁ、真韻や」
『オレが見えるカ? オレの声が聞こえているカ?? ならばそれが答ってもんダゼ。ゲッゲッゲッゲッ!!』
皇が半ば本気のブリューナクの槍を放ったとほぼ同時に、士は【オールベット】を発動し、起爆霊である真韻を具現化していた。
しかしながら如何に百戦錬磨の士であっても、天から広範囲に降り注ぐ殺人光線を躱すことは叶わない。
頭の天辺から足の爪先まで、余すことなく満遍なく、全身が被弾に至ってしまう。
肉や骨程度であれば容易に溶かす熱線をその身に受けながらも、どうして彼は五体不満足にて生存――あまつさえは宙に浮きながら存命しているのか。
「儂は意地悪じゃからネタは明かさぬが、ほぅれ。天使様はそのままであれば旗色が悪いじゃろう?」
「クレインラウルプールの夜と同様、さっさと 真 の 姿 に変わるべきだと思うのじゃが」
『オォウ! 第二形態って奴カァ!? 熱いゼ熱いゼ激アツダゼェ!!!!』
縦、あるいは横でも構わない。
一般的にシューティングというジャンルのゲームに於いて、“喰らいボム”という名のテクニックがあるのをご存じだろうか?
敵が放つ弾や障害物に接触する瞬間、有限であるオプションの全画面兵器――“ボム”を発動する際に生じる僅かな無敵時間を利用し、自機の撃墜を防ぐ技巧である。
【オールベット】自体は接触したプレイヤーを問答無用で爆発させる攻撃に特化した能力であるが、相手からの攻撃を如何様にも避けれず、被弾が免れない窮地に直面したが故に、士の固有能力は一段飛びで進化を遂げた。
17分間の制限時間の枷は架されたままとはいえ。
レベル2、【マキシマムバースト】
自 分 自 身 を 爆 弾 に 変 え る 能 力 によって、士は死を免れたのであった。
老兵は未だ死なず、只々戦(いくさ)にこそ殉ずるのみ。
「猿が……! 下等なッ、虫けら如きがッ、主よリお借りシた肉着ヲ、ヨくモ傷ツけヤガッてッ……!!」
柔らかな言葉遣いは地平線の彼方へと消え去り、呪いの言葉を吐きながら、皇は 本 来 あ る べ き 姿 へ と変貌を遂げていく。
「何モカモ灼キ尽クス……! 消シ炭スラノコサヌ……!」
徐々に肥大化し、悍ましい外相へと変化していく皇を見、士は満足そうににんまりと笑った。
「そうじゃ、それで良い」
「お主の全力でもって、儂を殺して見せるがよい」