舐め過ぎていた、と。
塁はそう感じざるを得なかった。
そもそも塁はおよそ4世紀ほど前、地界より火本国へと訪れた過去がある。
当時の火本国天下統一のフィナーレとも言える狗川(くがわ)家と余富(よとみ)家らとの合戦に交わった時――彼自身、銃器という存在は認識済みである。
そんな既知の情報であったが為に、高を括っていた部分が塁の内面に多少なりともあったとはいえ。
ここまで 強 力 且 つ 破 壊 力 のある兵器だったとは、知らなかったのだ。
突撃銃、カイラル・ザッパー。型番はKireal-Z8。
三点バースト(※一度引き金を引く事で三発分が発射される機構)をかけ合わせる事、塁へと向けられた銃口の数は50挺分にものぼる。
一個師団に等しいかあるいはそれ以上の総攻撃を身に受け、熾烈な射線により塁はその場から一歩も動けない。
掃射に次ぐ掃射、止む気配のない一斉掃射。
雨霰が如き怒涛の弾幕に晒されながら、彼はというと自身の逞しい両腕を顔前に組み、頭部を守ることしか、対応が出来ずにいた。
タタタンッタタタンッ、と。
軽くも重い銃撃音が何層にも重なり、死傷のハーモニーを奏で続ける。
打ち出されそして集約される炸裂攪拌弾(※対象物に接触した後、内側に弾けより殺傷力を高めた弾丸)が、急速に塁の生命力を奪っていく。
皮膚を割き、肉を削ぎ落す、極小の鋭利なチタニウム合金から為る数多の破片。
(マズい……意識が……遠のく……)
時間にして僅か60秒間――たった一分間程度の短時間集中砲火の結果として、ついに屈強な追跡者は地に伏した。
どうっと音を立て倒れる塁を、軍隊のような恰好をした男達が円の形に囲んでいき、その手に持った銃の構えは油断なく解かれることは無い。
「会長! ご無事ですか!!」
恵体な眉の無い大男が、土下座の姿勢の紅蘭へと駆け寄ってきた。
「衣服が少々汚れただけで問題は無い。それより、例の物は持ってきているのか?」
「ハッ! 抜かりございません! 不肖ながら取り付けさせていただきます!」
大男の傍に控えていた二名の軍服が、各々両手に抱える不可思議な何かを、テキパキと手際よく紅蘭の身体へと装着していく。
「えっと……北園さん、この方々は一体どちら様で?」
未だ鼓膜に残響を残す銃声の嵐と、嗅ぎなれていない立ち込める硝煙や火薬の匂いにどぎまぎしながら、回理子は直立不動でされるがままである彼氏に対して疑問を投げかけた。
「我が即興で用意した私兵、のようなものであるな」
防弾用のフェイスマスクに重厚そうな金属製のヘルメットをかぶり、様々な道具が収納されてあるであろう多機能ポーチが付随したケブラーベストに身を包んだ、特殊部隊のような者達が、今や回理子や紅蘭らの周りに続々と集まってきている。
「私兵って――急にそんなことを言われても何が何やら……」
「オワァ!? すごっ、こいつ凄いなぁ! 霧が如き視界が一気に明瞭になったぞ! これは医療業界に革命を齎(もたら)すに違いないアイテムだ! 是非ともコストカットによる生産化を急がなければならん」
顔面の半分――鼻から上部を覆うクリアーな材質で出来たバイザーのような装置を装着した紅蘭は、彼女の戸惑いを遮って思わず驚嘆の声を上げた。
「続いてこちらは……ふむ……なるほど……セルフとオートとが切り替えられて……フル出力時に見受けられる効果は……」
左腕の肘から肩にかけて嵌められたソレは、それぞれが意思を持つかのように生々しく、六本の械肢を展開させ、カチャカチャと音を立てている。
「“目”と“盾”と、おぉ! これが“矛”であるな! さてさて、中身はどのように……む?」
全長2メートルにも及ぶ細長い桐の箱を開けようとしていた紅蘭であったが、不意に手を止め、追跡者である塁を見やり、地面へへたりこんだままの回理子へと声を掛ける。
「時にまりたん、一つ尋ねても良いか? なんてことはない、とりとめのない確認事項を、一つだけ」
「(たくさん人がいてもその呼び名は変えないんだ……)はい、どうしましたか?」
「我は類稀なる試作機によって以前よりも更に視力が増している自信があるのだが……彼奴の腰の部分――尻尾は 今 何 本 生 え て い る ?」
「尻尾、ですか。えっと、二本生えてます」
「間違いなくか? 千切れている訳でもなく、三本ではなく二本しか生えていないのだな??」
圧倒的な数の暴力によって既に幕は閉じられたと感じていた回理子であったのだが、彼氏である紅蘭が今この瞬間何故にそのような質問をしてきたのか、どうにも判別が付かなかった。
ほんの数秒後に木霊する、男の絶叫を聴かされるまでは。
―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
びくりと身体を震わせて、回理子は斜め後方を振り返った。
見るとそこには、腹部を貫かれ、臓物諸共大量の血液を流し悶絶する兵隊の姿があった。
「ッ!? 各員周囲を警戒し、状況を再開しろッ!!」
隊長格と見受けられる眉無しの大男が、即座に兵隊らに指示を出すも、惨劇は未だ序幕ですらなくて。
兵士の絶叫を皮切りに、地面から次々と異形の存在らが出現し――散見する兵士達へと襲い掛かり始めた。
一見して、それらは大蛇の様な風貌をしていたが、決定的に違う点としては、顔の部分である。
肥大化した胡桃(くるみ)を輻輳(ふくそう)させたかのようにでこぼこな皮膚。
線の多い皴を多く刻んだ、老婆の様相をした巨大な顔面を持つ、四肢の無い生命体。
『にぐっ!』
『にぐがだっ、だぐさんある!』
『ぐう!』
『おいじいにぐっ、ぐらいづぐずっ!!』
目元こそ嗤ってはいるものの、鋭利な乱喰歯からは黄褐色の唾液らしき分泌液がぽたぽたと滴っており、ばきばきと音を立て醜悪な言葉を吐きながら、辺りを所狭しとのたうち回っている。
「そんな……先ほどまで熱源反応は皆無だった筈――!!」
「馬鹿野郎ッ早く距離を取れ! 固まらずに各個集中撃破を心がけろッ!!」
蜂の巣をつついたかのような狂騒、銃声、そして悲鳴。
阿鼻叫喚の修羅場が展開される最中、紅蘭は倒れた塁の残る二又の片方に注視をしていた。
いや、この場合せざるを得なかったという表現が適切であろう。
『くぅーるり、くるぅり、りりくる、るぅりーく。まわれまわーれ、めぐりてめぐーり』
(何者……いや、これは 一 体 何 な ん だ ?)
紅蘭の視線の先には――浅黒い皮膚を突き破り、腐乱死体を寄せ集めたかのような歪な形状をした、肉人形が尻尾から生えていた。
“それ”はかろうじて聞き取れる程度の歌のような文言を呟きながら、首から生やしたパラソル状の骨を回転させている。
動きに合わせ、鈍い光を放つ赤と黒の斑点が、地に伏す追跡者へと降り注いでいき――歌う肉人形とは別の、くぐもった声が聞こえて来た。
「かなぁ~~り、効いたぜ。でも、ま。 痛 い 程 度 じゃあ俺様を殺せはしない」
頭を垂らし、しかし確かなる動きの下、
「まさかこれで終わりじゃあねぇよなぁ? 次はどうやって楽しませてくれる?」
塁は立ち上がり、そう紅蘭へと語り掛けた。
(増殖による戦力の分散並びに、自己再生機能までも備えるか――化け物め)
恐ろしい速度で自軍の戦力が削られていく窮地を感じつつ、焦燥感を相手に気付かれない様、不敵な笑みを返して。
「前菜だと言ったであろうが。ここからは我が直々に相手をしてやろう」
背中一面に流れる冷汗を感じながら、紅蘭は追跡者へと飛び掛かっていった。