自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【9/28 8:08:48 南波樹矢 残色 白:0 黒:1 赤:0】

眠を強制的に貪らされているかのような、深いまどろみより、樹矢は覚醒した。


ポット内を満たしていた巫羊液が、自らの意識が戻ったのと同期するが如く足元に開いた無数の窪みへと吸い込まれていく。


濡れた学生服を滴らせながら、内側よりポットの扉を開閉し、5気圧程であれば防水性能を有している腕時計に目をやると幸い壊れてはいなかったらしい。


日付は9月28日を指し示していた。


どうやら自分は得体の知れない液体に2ヶ月間も浸りっぱなしだったようだと逡巡しつつも、現状を把握しつつ周囲を見回す。


時計の文字盤の“2”と“10”に位置する以外は、光を失った暗褐色の液体に満たされており、樹矢が入っていた“11”とは別にもう一つ・・・・・・中に誰も入っていないポットが見受けられた。


そんな中、広間の中心に位置する大きな黒球の傍で、


こちらをじっと見ている人間に気が付いて、樹矢はそれに呼びかける。


「お久しぶりです。というか、はじめましてになるのでしょうか」



「あなたが黒羊だったんですね―――― 辺 閂 さ ん 」



黄色いレインコートを身に纏い、目深にかぶったフードを外して、男の顔があらわになる。


「いつから、分かっていた?」


肌の露出が少なかったこともあって、皺の刻まれた初老の風貌に対して、樹矢は少しだけ驚いていた。


「いつから・・・・・・えっと、なんていうか、理論立てて推理した訳じゃあなくて、これは殆ど勘みたいなものだったんですが、ほら。良く言われているじゃあないですか」


ミステリーでは 被 害 者 と 犯 人 と の 入 替 わ り を 疑 え ってね。


樹矢は頭をかきながら、何故か照れたような表情を浮かべる。


「第二回戦開始前に村雨さんから説明があった“ある空間”への転送ってのが、そもそも腑に落ちなかったんです」


「超常的な力をプレイヤーとして行使出来る様になってから少し感覚が薄れてしまっていたのですけど、ひょっとしてここは 意 識 の 中 の 世 界 なんじゃあないかなぁって」


「此処に来る前、西乃さんは奇抜なチャイナドレスの格好をしていたのですが、あの閉鎖空間では違いました」


「着替えただけかとも思いましたが、彼女の部屋を行き来する中でそんな様子は見受けられなかったし、何よりですよ?」


「いくらなんでも 食 欲 を 全 く 感 じ な い って、おかしな話ですよね」


「少なくとも丸一日以上、飲まず食わずでさも平然としていたのも、リアルではなくバーチャルではないのか? みたいな仮説に繋がりました」


「次に定期的に訪れる抗えない睡眠についても、たぶん黒羊の固有能力だと決め付けていたのだけれども」


「事実は似て非なるものでした」


「なんで分かるんだって言いたそうなお顔をしてますが、ふふっ」


「あぁ、失礼。これじゃあどちらが探偵役か犯人役なのか分かりゃあしない」


「結論から言いますと、僕は現存するプレイヤー以外の固有能力をも把握出来るようになっちゃったんですよ」


「レベル2、ってとこかな?」


「いや、薄河さんが今あなたが巣食っている軽里さんに襲われた時の話を訊きましてね」


「自らの分身を増やす基本能力に加えて、顔や体型までをも変化する 派 生 能 力 を使っていたのだとか」


「処刑者と参加者――役割は違えど、 な ら ば 僕 に も 出 来 る ん じ ゃ あ な い か な あ って」


「という訳で。重ねて補足ですが、既に敗退した今この場にいないプレイヤーの固有能力まで全部分かっちゃうんです」


「にしても便利ですよねぇ。あなたの固有能力【フーズフール】って、本当に」


「 精 神 寄 生 って表現が近いのでしょうか・・・・・・?」


「ともあれこれなら肉体が死んだとしても、意識がある内に他へ乗り移れば問題無いんでしょうねきっと」


「軽里さんの【マッドスワンプマン】は過去殺害した参加者の数だけ自己を肉体として複製・行使出来る能力な反面、一体ずつの指揮系統はザルっぽかったし、付け入る隙は十分過ぎるだろうし」


「開始当初、巫羊液に参加者全員が浸かる事で皆を〝強制的に無意識状態〟にさせたーーこれは運営側と組んでいる裏づけになってしまうのかな?」


「全プレイヤーをそんな無意識下で少しづつ少しづつ、それこそ2ヶ月間も時間をかけて浸食していったんですよねーたぶん」


「見事の一言……です。あやうく僕ら全員が一網打尽に全滅しかかるぐらいなのですから」


「で、そんな中僕といえば自ら命を絶つことで、半ば無理やり離脱を試みて、その結果が今現在です」


「これより実行する 最 優 先 目 標 以外で言いたいことは、僕からは以上ですが、何か反論等はございましたか?」



三連休にちょっとした旅行に赴いた感想をつらつらと述べるようなトーンで自論を語り終わり、小首をかしげる樹矢に対して、真の黒羊たる軽里玖留里――もとい、辺閂は乾いた拍手を送った。



「流石だ。素晴らしい。自らの命を顧みないその行為に敬意を表さざるを得ないよ」


「しかしな、南波君とやら。私からするとだな、いやこれは非常に言い難い文言になってしまうのだが」



「 だ か ら ど う し た ? 」



「言うまでも無く君の固有能力でタネは割れているんだろうが、巫羊液の力を借りていても、一度に多数の容器-ニンゲン-に這入って操作するというのは、とても骨が折れる作業でね」


「高低・東胴・北園、つい今しがた薄河の四人を休眠状態に出来たものの、未だ西之・央栄の両名は活化状態が為に、現実世界にて【マッドスワンプマン】を行使する事は今の私には不可な話だ」


「だが。とはいえ、だ」


「一見して君は至極平均的な男子中学生であるようだが、今の私と一対一で闘って勝つ算段・根拠は何処にあるのかね」


「超一流アスリートまでとはいかずとも、処刑者軽里の肉体は、一般成人男性よりも多少なりとも人の身体を破壊する分には、適しているんだぞ」


右手には黒光りするブラックジャック(※動物の皮であつらえた袋に鉄砂を詰めた棍棒の一種)を、左手には柄の長いバタフライナイフをチラつかせながら、しかし距離は詰めないままに、辺はまるで生徒を諭すように樹矢へと彼我の戦力差を説明する。


「中身は閂だが外身は処刑者ということはだな」


「私自身に殺害衝動はこれっぽちも無いにしても」



「 そ の 気 に な れ ば い つ で も や れ る 」



「かつて幾度となく行ってきた暴力行為が肉体に反復・反芻された結果、寄生する前の私は一切そのような経験がなくとも、意図するだけで身体が勝手に動くんだ」


「拳を痛めずに、殴って殴って殴り続けて」


「心を痛めずに、刺して刺して刺し続けて」


「容易く、文字通り容易くだ。私は君を徹底的に甚振(いたぶ)って、蹂躙せしめれるのだよ」


「市販のパッケージ商品である簡易製麺を調理するよりも、手間がかからないんだ」


「だが・・・・・・はて、そうだな。こんなのはどうだろうか」


「いわゆる取引って奴だ」



「 君 以 外 の 参 加 者 全 て を 見 捨 て ろ 」



「この条件を呑むのならば、私は第二回戦においては決して君へと手出ししないと約束しよう」


懐柔案を切り出しているようでいて、それは一方的な脅迫に他ならない。


指を咥えて何もせずに見ていろ従わなければ滅すると言わんばかりの、やや怒気を孕んだ忠告であった。


そもそも閂には、眼前に立っている男子中学生が、己に対して決定的な暴力を有していないのが確信としてありもする。


通常、携帯型端末にアプリケーションとして備わっている、他プレイヤーの位置情報を索敵する機能の上位版【魂探索-コンサート-】を感覚器官として備えていることもあって、大罪ランク11位の少年――南波樹矢が平凡な身体能力の範囲を出ていない事実を把握しているが故に。


尊大に語った内容は年の功よろしく若輩の男子を見下しているのではなく、最終段階に入っている他プレイヤーの休眠化に手一杯なこの状況下で、必要以上に手を煩わせたくない意味合いが大きかった。


「残念ですが、丁重にお断りを致します」


立場上誰もが予測しうる暴力の危機を知覚しながらも、樹矢はかぶりを振って賛同しない意思表示を行った。


「僕一人が犠牲になるのならばまだしも、皆を差し出すなんて、土台出来ない相談です」


「ほぅ、ならばどうする?」



「 し な い し 、 さ せ な い 」



「たわ言を・・・・・・」



「あなたの意見が折れるまで」



はにかみながら、樹矢は左手を胸の前に突き出し、掌をパーの形に開いて、



「 僕 の 誠 意 を 見 せ 続 け ま す 」



右手で親指を握り、



内 側 へ と 折 り 曲 げ た 。


―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―

耳を澄まさなければ認識できないような、小さな骨折音が広間に響く。


「ぐっ! ・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・はぁ~ッ、やっぱり夢の中と違って現実だと痛いなぁ」


小刻みに身体を震わせ呻く樹矢に対し、その理解不能な行動に釘付けになっている閂は、動かない。


いや、動けなかったのだ。


「何を、している?」


「何って、見れば分かるでしょうに」


樹矢は続けざまに人差し指も同様、手の甲の側へと引っ張り、そして折った。


「痛ッ・・・・・・てぇなぁ。駄目だ、もう無理だ、無理だけど、やらないと」


激痛に顔を歪め、弱音を吐きながらも、自壊行為は更に加速していく。


「そうだ。こうやって地面に掌を付けながら思いっきり体重を・・・・・・ッ!? ぐ・・・・・・うっう・・・・・・掠るだけでも超痛い・・・・・・でも、我慢我慢・・・・・・やれる、やれるぞー・・・・・・」


片手で倒立をするかのようにして、前屈みになりながら、既に五分の二が歪に歪んだ左掌の、中指・薬指・小指の三本を、かけてはいけない方向へ体重をかけながら、均等に折っていく。


パキッポキパキ!!!


「アァアアアァアア!!!! こっ! こっれ、ヤバい!!! しぬほっ、どいイいったい!!!」


左肢の末端より発生する耐えがたい痛みに全身を震わせながら絶叫する樹矢。


しかし、自傷行為は止まることを知らず、エスカレートの一途を辿っていく。


さながらその様は、下方に向けて永遠に降下し続けるジェットコースターのようでもあった。


「むしろ死ぬってこっ、これよりしん、しんどいのっかなぁ!!! じゃあ、弱音をはっ、吐いてる場合じゃないよね......‼︎!」


ふらつきながらも、しかし確固たる足取りで、先程まで自らが入っていた容器の前まで行き、深呼吸をする男子中学生を見遣る閂。


(一体コイツは何をしている?)


「スゥーハァー......スゥーハァー......はぁ、はぁ、やれるー......やれるぞー............んンッ‼︎」


上体を後方へ大きく仰け反らせ、そして全力で頭を前へと押し出す。


ガッ!


ガガッ!


ガッガッガッガッガッ!


「割れろ! ねぇ割れてよ! お願いだからサァ! ほらっ、なぁ、オイ!!!」


無機物に対して懇願するように、額を打ちつけ続けた樹矢は、11回目にしてようやく容器へヒビを入れることに成功し、その後2度の追撃によって、閉口するハッチ部分の破壊に成功した。


散らばるガラスの破片の中から、手頃なサイズのものを選りすぐって、右手に握る。


「フゥー......フゥー......本当はもっと大きなサイズがいいんだけど、贅沢は言ってられないよね............ぐっ、ガアァアアアァアア!!!!!」


尖端部で先程折った左手の五指を、順番に刺突し抉り抜きながら、猛禽類の唸り声にも似た悲鳴が広間にこだまする。


「うぅうぅぅぅぅぅううううぅぅぅう痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いよぉぉぉぉお............それでもやらなきゃ駄目だ止めたら駄目だ頑張らなきゃ駄目だ考えたら駄目だやるんだやれるんだやり続けるんだずっとずっとずっと............ずっと?」


ボロボロと涙を流し嗚咽を漏らす樹矢の片手は、流れるドス黒い血と肉の隙間から覗かせる真白な骨との歪なコントラストを描いていた。


すわ、急に時が静止したかのようにその場に佇んだ樹矢は、面を上げて閂が立つ黒球の方向を見、呟いた。


「そうだ、折角だし手伝ってくださいよ」


痛覚の許容範囲はとうに限界を超えており、これ以上一人で身体を破壊する行為を続行するのを困難だと判断した結果による樹矢からの提案は、果たして閂からは理不尽な物言いにしか捉えられなかった。


「やろうと思えばいつでもやれるっておっしゃってたじゃあないですか」


「左手が凄く痛いんですよ・・・・・・もういいです。一思いにやってください」


「あなたのその手で終わらせてください」


「そして願わくば皆を、助けてください」


「お願いします」


「お願いします」


「お願いします」



お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします



呪詛のように嘆願の意を言葉に変換し、肩を落としながら閂へと滲み寄る樹矢。


(一体どうして・・・・・・何がそこまでコイツを突き動かす・・・・・・!?)


自らは一切ダメージを負っておらず、更に対峙する参加者は満身創痍にも関わらず、処刑者はここで無意識に後ずさった。


いつの間にか立場が入れ替わっているのもさることながら、眼前の対象から発せられる形容しがたい圧力を芯で感じたからに他ならない。


固有能力【フーズフール】によって肉体が亡くなり精神体でのみ存在する死をも克服した閂であったのだが、



人 は 認 識 出 来 な い 事 象 に 遭 遇 す れ ば 恐 怖 す る 。



名状し難い現状からの回避行動――あるいは処刑者でありながら辺閂自身が手を下したくないという深層心理が故か、閂ははからずとも【マッドスワンプマン】を発動し軽里の残滓に眼前の脅威の処理を任せようと 思 考 し て しまったのが、彼の運の尽きであったとも言える。


固有能力の同時使役が不可なこともあり、精神的な動揺の下、一瞬だが拘束していた他参加者の休眠状態が揺らいでしまった。



その隙を突いて、一つの影が10番目のポットより飛び出した。



河原の端から端を水切る小石が如く、二度程地面に足を付けて、一直線に閂へと向かっていく。


「真韻を具現化するまでもないわい――去ね」


目標へと到達し、宙に浮いたまま閂の頭に両手を添えて、陶芸のろくろを回すようにして、捻る。


「? ・・・・・・ぇあ・・・・・・?」


視界が360度パノラマで一回転し、頚椎を損傷するも状況が呑み込めない閂は、困惑とも驚愕ともとれるような、どこか間抜けな声を上げてその場に崩れ落ちた。



「儂はいわゆる安全圏からちまちまと攻める輩が親の仇よりも憎くてのぉ。見るに耐えんのじゃわ」


絶命した閂の傍らに音も立てずに着地した央栄士が、履き捨てるようにして言う。


それを合図に、暗転していた各ポットが明滅する光を取り戻し、巫羊液の排水音と共にめいめいのプレイヤーが広場へと戻ってきた。


その様を見やりながら、傷だらけの樹矢を後から包み込む人影が一つ。



「いくらなんでも少年ってば、はっちゃけ過ぎ」



西乃沙良である。


「つーかあたしもあの爺に右足と腹と片乳ぶっ飛ばされて殺される寸前だったから偉そうには言えないが、下手すりゃ死んでたぞ君」


「あっ・・・・・・いやそれはなんていうか」


「おこ、非常におこ」


「あのぅ・・・・・・えっと・・・・・・」


「何か言うことは?」


「その・・・・・・ごめんなさい」


「うむ。許す」


相も変わらずこの人は本当に甘いなぁと思いながら、樹矢は電池が切れたように気絶した。


眉間に皺を寄せながらも、どこか安堵したような表情で寝息を立てる彼氏の頭をぽんぽんと叩きながら、沙羅は溜息をついた。



「本当によく頑張ったね。お疲れ様」



労いの言葉への返答は、当然のようになかった。


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同刻、第二回戦が開催されている地下広間より2km程離れた余物樹海中心部にて、二人の人物が現れた。


片方は空より広げた銀翼を折りたたみながらしめやかに地面へと降り立ち、もう片方は正体不明の昏い水溜りのような円陣から無骨な巨体をのっそりとのぞかせている。


「我が主(あるじ)からの直接的な命に非ずとは、かくも意欲が上がらないものなのでしょうか。いずれにしろ遺憾な事には変わりませんね」


「んあー。つーか何年ぶりの地上だぁ? この澄んだ不味い空気、ニンゲン共はもっとこぞって環境汚染に励めってもんだぜ」


「頭部の肥大化した猿の末裔達に私自らがあたらなければならないとは・・・・・・しかしこれも試練の一環だと受け止めれば、それはまた僥倖なのでしょう」


「さる。さる? なんださるって? うまいのかそれ? クソッ、代謝が落ちてんのかぁ、えらく腹が減りやがるぜ」


まるで会話になっていない言葉の応酬であるが、凡そ人に見えない双方はそれをちっとも意に介していない。


「地界には植物なんて滅多にないから、いいわ。とりあえずこの辺の樹を喰らうか」


「三代欲求に忠実なのは生物の特権ですね。しかし、がっつき過ぎて消化不良になりませんようお願いしますよ」


翼を生やした男がなんの前触れもなく身を屈めた刹那、首があった辺りをしめ縄のような紫色の物体が目にも止まらぬ速度で通過し、後方の樹木に激突する。


ビシリと音を立て、表面の樹皮が弾け散った。


「あー。んあー。やっぱ地上だとパワーまで落ちてんのな。折角喰いやすいようにブッた切ろうと思ったのによぉ」


腰から生やした三本の尾をヒュンヒュンと振りながら、無骨な巨体は内一本を当てても完全に破壊できなかった樹木へと近付き、おもむろに鋭利な歯にて噛り付き、咀嚼する。


「むしゃむしゃ......ふむ......俺様的にはもうちょい腐ってる方が好みかもだ」


「さて。あなたの腹ごしらえが終わった按配で、我らの仕事を終わらしに、かの場所へと向かいましょう」


残る大罪人達の排撃をねと嘯きながら、天使は青天を仰いだ。


―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―

更に同刻、場所は煉獄の〓〓〓にて。



亡者達の腐肉を貪り、5メートル超にも肥大化した体躯を揺らしながら、ノイズ混じりの声が響く。



「ザーッ余はザーッザーッザーッん、違ザーッザーッザーッうな。我ザーッザーッはか? ザーッふむザーッザーッこれもなザーッザーッザーッにか違う気ザーッザーッがすザーッザーッるザーッザーッ」



赤と青と緑の血管が皮膚表面に浮かび上がり、それぞれが不気味な脈動を繰り返している。



「ザーッザーッもう少ザーッザーッザーッ女は愛ザーッでらザーッザーッれないが、そザーッザーッザーッれでザーッも今ザーッザーッザーッザーッは気ザーッザーッザーッザーッ分ザーッがザーッ良いザーッザーッザーッねザーッザーッザーッ」



周りに積もった腐肉と朽骨よりも高い位置、人間であった頃の名残なのか、無表情の顔面が唇を動かすことなく、誰にも届かない独り言を呟き続ける。



そして不意にノイズが消え、明瞭な悪意が込められた一言に、その場の空気が振動した。






「早く来やがれ大罪人ども」






【第四話 了】