自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【北園紅蘭 残玉:2 門開通迄残刻:87分】

べからく、回理子は火急迅速に惨劇の渦中から離れるべきであったのかもしれない。


それでも彼女は、まるで地に根が生えたかのようにその場から動けなかった。



殺戮の根源たる追跡者へと単身で切り込んでいった彼氏――北園紅蘭の一挙手一投足に、目が離せなかったからである。



「ぬぅ。刃が通らぬ……!」


「てめぇの兵隊どもからたらふく弾丸を浴びたおかげさぁ。今や俺様の皮膚は鉄よりも硬いんだろうぜ……とッ!」



時折放たれる反撃の拳をひらりと躱しながら、諸手で握った物干し竿の如き長い刀を振り回し、戦闘を行う紅蘭。


追跡者vs大罪人の攻防。


そのやり取りの唯一純然たる傍観者であった回理子から見て、その様は不格好とはいえ――思ったよりも善戦しているというのが素直な感想であった。



(機動力は北園さんが一段階上、っぽいけど)



紅蘭が履いた真っ赤な袴の下には、筋肉は勿論のこと骨や神経系統すらにまで綿密に結合が為されている、高起動移動を可能とする金属製の義足が隠されている。


第一回戦、高低兄妹戦において、回理子をおぶさったまま長距離間を三次元的に疾駆する性能を誇るそれにより、見事な体捌きが実現していると仮定したとしても、だ。



(にしてもあんなに、反射神経良かったかな……?)



ローリングソバットやサマーソルトキックなど、過去に彼がボケをかます(あるいは天然なのかもしれない)度に行ってきた突っ込みを避ける事もままならず、なんなら命中し地に倒れた後にようやく気が付く程には運動神経が鈍かった紅蘭である。


反射神経の良しあしを差し引いたとて、今の彼は反魂玉破損のペナルティにより視力が極端に悪いハンディキャップすら背負っているというのに。



かような要因を加味した上でも、回理子の目の前で繰り広げられている一情景は、正に奇跡としか言いようが無かったのである。



はじめこそ玉砕覚悟の時間稼ぎ――残る二つの反魂玉を消費している間に非戦闘員である己や行動不能のふるるを逃がす為、殿(しんがり)を全うする犠牲行為の一環かと思ったものの、その認識は大きく見誤っていたのかもしれないと回理子は思った。



(決定打こそないものの、これはひょっとするとなんとかなるのでは……!?)



そんな淡い期待を抱きかけたちょうどその時。


紅蘭が放った袈裟切りを塁は肘で受け止めそのまま力任せに腕を回す事によって、両者の間に幾ばくかの距離が空いた。



「いい加減キンキンカンカンうざったいからよぉ~、とりまお前も眠っとけや」



口元を拭うように手の平で覆った後、露わになった口蓋より複数の刺突物が紅蘭に向けて発射された。


黄と黒の斑模様、先端が鋭利に尖らされたストローにも似た、細長い管の嵐。


砲口速度は流石に重火器に比べ劣るとはいえ、ふるるを行動不能に陥れた要因たるそれらをたったの一本でも身に受ければ、昏睡は必至である。



息をのんだ回理子の視線を背に受けて、紅蘭は動けなかった。


否、 動 く 必 要 が 無 か っ た 。


吹き飛ばされ片膝を付く紅蘭の腕部に取り付けられた装置より伸びた多脚が即座に前方へと延び、淀みない動きにて先端より機構を展開――塁と紅蘭との間に急ごしらえの遮蔽物と化し、且つ発生した青白い光によって追跡者からの飛び道具を全て無効化したのであった。


パンッパンッパンッパンッ! バチバチバチバチッ!!!


連続で竹が爆ぜるような炸裂音を至近距離にて受けた回理子は、耳鳴りに苛まれながらも、事態を把握する為に視線は逸らさない。


「バズーカ砲ならまだしも、今の我にはマグナム程度迄であれば傷を負うことは万に一つ有り得んぞ?」


高出力プラズマによる常時は全容が見えざる盾が装着された左腕を引いて、紅蘭はその場から垂直に5メートルほど飛び上がった。


「そして試運転も済んだ手前――まずは片腕でもいただこうか」


群生する木々を蹴っては飛んでを繰り返し、塁の頭上を高速で移動しながら紅蘭は口元を緩めた。


「おっ? おおぅ?? こりゃあ思ったよりも動きが速……」


視線を上げながら目視にて対象を追うも、ものの見事にトリッキーな動きに翻弄される塁。


同様にその様を回理子も眺めていたが、不規則に飛び回る紅蘭の動きを到底目で追い切れる訳もなかった。


「勝機……!」


塁の後方より、斜め45度の角度にて吶喊し、大太刀の柄頭を前にすくい上げるようにして振るった斬撃が、追跡者の右肩から下を地に落とした。


「ああ……? うぉおおっ熱ッ!」


ワンテンポ置いて、灼けるような痛みに惑う塁だったが、着地と同時に紅蘭は休まず追撃を見舞った。



「我が矛である“炎刃全解”は喩え鋼鉄であろうとも、両断する」



剣先が地に触れる程に大きく振りかぶった渾身の二太刀目が、一閃。


身体を三分割にされ、声も上げずに倒れ込む塁へと、紅蘭は吐き捨てるように言い放った。



紙一重だったとはいえ、所詮科学の力の前には人外の貴様も、無力であったな」


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宿主である塁が倒れたからであろうか、兵士らと交戦状態にあった異形達は急速に攻めの手を緩めはじめていた。


執拗に生きた物へと牙を突き立てるのを止めてとぐろを巻いて静止するものもあれば、木の幹の隙間や地面へと潜り込もうとする逃避を行うものもあった。


明らかに統率系統が乱れているのを見回しながら、紅蘭は塁の亡骸から目を離さず、声を張る。


「高野ッ! よもや死んではいるまいな!?」


それに呼応するかのように、木陰より一人の大柄な兵士が姿を現し、素早く紅蘭の下へと駆け寄った。


「会長、ここに」


「例の物をくれ。それと現況報告を手短に頼む」


高野と呼ばれた眉の無い恵体な大男は懐より丸みを帯びたボールの様な物を数個取り出して、紅蘭に手渡しながらハキハキとした口調で戦況を述べた。


「死亡者15名、重傷者19名、私を含めた残す16名が無傷あるいは軽傷です。出現したバケモノ共は戦意喪失したのか、今は活発な行動は取っておりません」


「被害は甚大だな。しかしお前たちがいなければ、きっとこの苦境を乗り越える事が出来なかった。本当に助かったぞ、礼を言う」


「勿体なきお言葉。して、我らは以後どのように致しましょう」


「撤退命令を下す。これ以上お前たちを死の危険に晒したくはない。とはいえ二点ほど頼みがあるが、今後の戦闘続行は許可しない」


「かしこまりました。具体的な行動命令を所望しても?」


「回収及び援軍だ。特B鹵獲装備はまだ破壊されていないだろう。こ奴の死体を拘束後、サンプルとして近隣のラボまで輸送を頼む。おい、ちょっと退いていろ」


紅蘭は片手で高野を下がるように促し、自らも三歩程下がった後、ぴくりとも動かない追跡者の頭部へと丸みをおびた何かを放り投げた。


空気の張ったビニール袋が破裂するような音と共に、液体窒素が辺りに飛沫した。


遠目に見て白い霜が塁の皮膚を覆いつくしたのを確認し、紅蘭は近付き足の裏でそれを踏みにじった。



額に生やした角を除いて、塁の頭部は見る影もなしに細粒と化してゆき、砕け散った。



「頭は潰しておいた。が、念の為尻尾も切断しておけ。輸送中に動き出すようであれば、殺害を優先しろ。杞憂かもしれんが、最新の注意を払ってことに臨め」


「全身全霊で事にあたります!」


「うむ、良い返事だ。もう一点の援軍についてだが、医療班を手配して欲しい。仲間の一人が昏睡状態でな。腕の良い者を頼むぞ」


「ただし樹海の中へは入れるな。位置情報を確認次第、我らがその場まで行き合流する。病院へ搬送している間は残念ながら無い故、一通りの機材や薬品も持ってくるよう伝えろ」


「護衛は何人付けましょうか。前情報ではもう一体、追跡者なる者がいると聞いておりますが」


「要らぬ。死亡者の弔いに、重傷者への応急手当。そちらを優先しろ」


「ですが会長……」


「西方一帯が焼き尽くされ、空が断続的に爆ぜる有様を見たであろう。重火器の集中砲火を浴びても平気で起き上がってくるような規格外の存在らに、これ以上関わるべきではない」


「……わかりました。くれぐれもご無理はなさらぬ様に」


「支給された呪物のチカラにてあと二度までは死を許されている。切り抜けてみせるがゆえ、生きてまた会おうではないか」



固い握手を交わす男達から少し離れた木の根の辺り――未だ目を覚まさないふるるを身に寄せながら、回理子は地面に腰を下ろしたまま、成り行きを見守っていた。


電動鋸(のこぎり)を用い三人がかりで遺体から尻尾を切断する兵士達の作業を見、どうやら切り抜けられたのだという実感が湧き、安堵の所為か泣き笑いの様な表情で、呟く。


「終わったんだ……やっと、終わった……」


濃密な緑の香りが、思い出されたように匂うのを感じた気がした。


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「みなみくんの首、あたしにちょーだい?」


後ろ手より取りだした鉈の鈍い光を受けながら、南波樹矢は酷く冷静だった。


相対する冥奈はけっして脅しや冗談で事にあたろうとしているのではないと分かっていたし、ものの数分で自分が死ぬのだろうという予感に対しての恐怖も無い。


その代わりに、尋常じゃない程の虚無が己の内に渦巻いているのが分かった。


「逃げても良いんだよ? 一回戦の再現よろしく、鬼ごっこに興じてみてもさ。つってもあたしは絶対に負けないけど」


じりじりと歩み寄る冥奈はどこか楽し気でもあるように見える。


狂気に満ち溢れたその様相は、しかし兄を殺された妹に他ならない。


「駄目だ。それ以上は、いけない」


ぽつりと樹矢はそう呟いた。


「いけないって何がぁ? 命乞いなのか、あるいは説得を試みているのか、はっきりしないよぅ」


「薄河さんが辛いのは分かる。いや……わかるなんて烏滸がましいか。僕には兄弟はいないけど、両親は存命しているし、分かるなんて軽はずみ言うべきではないとしても……君が」


「諭すように憐れむ手か。うんうん、過去にも土壇場でそんな風に切り抜けようとした奴いたっけなぁ」


ぶんっ、と得物を宙で振って、冥奈は樹矢の言葉を遮った。


「でもさぁそれはやめた方が良いんじゃないかなぁ~? カチンとくるんだよねぇどうにも。必要以上に嬲っちゃうぐらいには、あたしってば苛々しちゃうことになるから」


「…………」


「勘違いして欲しくないけれども、別にあたしはみなみ君のこと嫌いじゃないんだよ。お肌もすべすべしてそうだし、物腰柔らかでちょっと近寄りづらいところとか、もろにタイプだし」


「それならなんで」


「だからこそだよ。あたしはあたしが普通じゃないのを理解している。好意を抱いた対象を貶められずにはいられない、異常者なんだ。変わらないし、変えられない」


「話し合いは、無駄なんだね」


「だよだよ。さーてと、逃げるー? それともバトる~??」


「どうにも近頃、二択を迫らる展開が多い気がするな」


きゃらきゃらと笑う冥奈に背を向けず、樹矢はゆっくりと立ち上がる。


「ごめんね薄河さん。期待外れかもだけど、君の要求には応えられない」


「何よソレ。達観したアピールはつまんないよ」


顔をしかめた冥奈とは対照的に無表情なまま、右手を前へと突き出した樹矢は。



「だからさ、見てて。 僕 の 精 一 杯 の 誠 意 っ て 奴 を 」



五本の指を自らの首に突き立て、肉を掻き毟りはじめたのであった。