なるべくして為ったのか、あるいはしかるべくして然ったのか。
窓はおろか出口の見当たらない真白な閉鎖空間内を更に12等分に区切った各個室。
沙羅は樹矢のいる拾壱号室に、
回理子は紅蘭のいる漆号室に、
冥奈はふるるのいる捌号室に、
それぞれが一人の参加者と顔を向かい合わせている最中、齢110歳を超える老練の熟兵ーー央栄士(おうさかつかさ)は、誰とも行動を共にせず、跪坐の形で片目を閉じながら、独り言を呟いていた。
一見してそれは神に祈っている姿の様にも見えるが、実はそうではない。
むしろ仮に彼我の差があったとしても決して埋めることの出来ない絶対的な違い――差異があって。
神の遣いである〝ヒトで無いナニカ〟への邂逅。
何十年も前から誓った内面の根底にある芯の部分。
再びそれと遭った後に、自らの手で仇敵たる存在を己が討つと、願って、願って、願い続ける。
まるで呪詛の様に何度も呟く。
黒羊探しなど、意にも介さない風に、何度も何度も呟く。
「天使様と会えるのはまだかのぅ......」
士がその文言を3,021回ほど繰り返したあたりであろうか。
全 て の 白 羊 が 原 因 不 明 の 睡 魔 に 襲 わ れ 、
昏 睡 す る か の よ う に 眠 り に 落 ち た 後 で 。
とどまる事を知らない、第二の赤羊――犠牲者が発見されることとなる。
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「あの、本当にマジな話なんだけど、ふるるちゃんを殺ったのってあたしじゃないからね、ね?」
兄依存症の大罪ランクは第7位ーー薄河冥奈は悪入れもしない表情にて、開口一番に弁明を行ったのだった。
第二回目の投票会。
中心部の広間において目下行われているのは、誰が黒羊であるかの弾劾裁判じみた評議である。
あれからーー軽里が赤羊になった後、第二の犠牲者となったのは高低ふるる。
一回戦にて敗退した双子の兄の片割れの、未だ十代にも満たない本大会最年少の女子児童であった。
第捌号室の扉の外側、廊下の縁をなぞる様にして倒れていた彼女の遺体には、ナイフが一本正確無比に心臓を貫いていた。
第一発見者であったのは、眠気に襲われるまで部屋にて一緒に歓談していた冥奈である。
目覚めた際にふるるの姿が見当たらなかった為、部屋から出た後に発見したとのことだった。
あからさまに怪しい容疑者の一角である。
「いやさ、これが例えば室内っていうか。要するに廊下じゃなければさすがのあたしでも弁明はできないんだろうけれども、本当違うったら違うんだってマジに」
「ピンクフランスパン姉ちゃんを擁護するつももりじゃあないんだが、そうだね。確かに外側ならまだしも内側っつ〜んなら話は別だ。色々と試してみたが、ロックを内側から解かなきゃあ、内外問わず暴力に任せて開くのは無理っぽいもんなぁ」
釈然としない態度は崩さないままに、沙羅が相槌を打つ。
「どれだけぶっ叩いても蹴り飛ばしても、まるで手応えがありゃあしない。堅牢、非常に堅牢」
「はんっ、そりゃあ私だってそこのクソジジイ程じゃあないにしろ、ある程度喧嘩にゃあ自信があった分尚更ドアの一つもブチ破れないとは結果になるとはね、興醒めだよ全く」
「まるで己が強いみたいな物言いじゃのぅ。人の教えを素直に聴くことを知らない、我流の悪道を行くおてんば娘が大きく出たもんだわい」
からからとしゃがれた嬌声を然程面白くもなさそうな具合に、士がかつての弟子である沙羅へと野次を飛ばした。
「独創性に溢れてるだけだよボケ。それにアンタが異国の地でパンコロポンコロ機銃ぶっ放している間に、私の〝恋蹴道〟はほぼ皆伝の域にまで達してるんだ。なんなら今ここで試してみるか、あぁん?」
「意気だけ良いのは決して粋とは言えんぞぃ」
「マッハムカついたわつーかもういいお前今すぐ表に出ろ。ボコってボコってブチのめすからよ」
「沸点が低すぎますってば西乃さん! それに今はそんな小競り合いをしている場合じゃないでしょうって」
士のことになる度に感情のボルテージが著しく高まる沙羅を、樹矢が制した。
「いいですか、売り言葉に買い言葉なのはこの際禁止です。一刻も早く……といっても既に犠牲者が2名も出ているので手遅れ感は否めませんが、ともかく」
互いが持ちうる情報を出し惜しみなく持ち寄ることで黒羊を炙り出すことに努めるべきですと、樹矢は凛とした口調で断言した。
「南波君だったかな。その点に関して、我は今更ながらに謝らなければならないことがあるんだが、聞いてもらえるかな」
演技ではなく本当に申し訳なさそうな顔色のまま、おもむろに紅蘭が口を挟む。
「前回の、というか初回か。第一の犠牲者である軽里を亡き者にしたのは、おそらく今回赤羊になってしまった童ーー高低ふるるで間違い無いと思う」
(!? このタイミングで言ってしまうの……?)
回理子は彼氏の前置きのない告白に度肝を抜かれてしまった。
それもそのはず……軽里の死因がふるるの【ファントムホール】による可能性が非常に高いのは回理子にとっても既知ではあるにせよ、だ。
その事実を 当 事 者 以 外 に 伝 え る ということは即ち 以 前 に 高 低 ふ る る と な ん ら か の 接 点 が あ っ た こ と を 暴 露 す る に相違ない。
(敵対したまで正直に述べる必要は無いにせよ、ゲームの根底とも言える他プレイヤーの固有能力を知っている事実は、場合によっては要らぬ嫌疑をかけられるリスクだって、往々にしてあるのに……何が狙いなの)
困惑しっぱなしの回理子とは別に、この時点で紅蘭に明確な狙いや意図は無かった。
ただなんとはなしに、このタイミングで話しておいた方が良い様な気がしたというだけだったのだが、しかし紅蘭と回理子の立場が不利にはならない展開を、その後に産むことになった。
「えぇ、知ってますよ北園さん。あの子の固有能力である【ファントムホール】であれば、一時的に開いた空間を閉じることで、軽里さんをバラバラにしたであろうことは、後々ながら僕にも分かりました」
「えっ!? なんで名前まで知って……」
(ちょっ! まりたんおまっ! そんなあからさまに驚く奴があるか馬鹿者!!)
回理子が狼狽する様を、何人かはめざとく見逃さなかったのはともかくとして、そんな彼女を意に介さないままに樹矢は全員に向かって話を続ける。
「隠す必要は無いので開示しちゃいますが能力名【ジャンキーポット】……僕はつまるところ〝現存する参加者の固有能力の詳細を把握〟出来るんです」
「経緯と背景は不明ながらも、ふるるちゃんと軽里さんの間に何らかのいざこざがあって、おそらくは正当防衛であのような事態に至ったのだと僕は思ってます」
「北園さんと、あと東胴さんもかな? ふるるちゃんの能力を知っていたみたいですが、あにはからんや彼女は赤羊になってしまいました……あの現象の後に、ね」
原因不明の急激な睡魔、である。
「皆さんが皆さんとも口を揃えて言っていましたよね? 勿論僕もそのうちの一人なのですが、ですが」
「きっとあの眠気は、明かに黒羊を特定する手掛かりを担っているのだと、僕は考えています」
「じゃあさ、じゃあさー。みなみ君にはこの中にその、眠気を誘発する? 能力を使う人が誰だか分かるんじゃあないの?」
容疑者筆頭から外れたと認識したからか、やや明るい口調で冥奈が意見を述べたが、樹矢は首を振った。
「そこなんですよ薄河さん。これこそが肝心要の核心に違いないんです。だって、」
そ ん な 固 有 能 力 を 持 つ 参 加 者 は 誰 一 人 と し て こ の 場 に い な い の で す か ら 。