門の先へ足を踏み入れたその大罪人は、黙々と長く暗い廊下を歩く。
傍らには事の発端ともいえるような存在――自爆霊であるボムみが寄り添うようにふわふわと浮遊していた。
『先に行っておくけど、この先で君はその生涯を終えるかもしれない』
『このゲームを勝ち残った者の処遇は、その者の罪の大きさで禊(みそ)がれるんだ』
『事実上の決勝戦である第三回戦を生き抜いたとはいえ、待ち構えるあのお方の前で、無事に生還したものは過去、一人もいない』
『そういう意味では、ワタシは君に嘘をついていたことになるのかな。ごめんなさい』
煩わしいくらいに高いテンションはどこかへ消え失せており、沈痛な面持ちにて淡々と語り掛けるボムみ。
対する大罪人はというと、何も返事を返さない。
「62番目の元彼の事例を引き合いに出すならば“ドンマイ”ってことさ。難儀、非常に難儀」
恋愛依存症の彼女ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「デスゲームも終幕を控えいよいよ黒幕登場って奴か! ぶふぁっ、ここまでなんとか辿り着いたけどやっぱし僕が選ばれし者だったんだ!」
アイドル依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「謝る必要はないよ。僕は未来の大罪人なのだろうから、甘んじて受け入れるつもりだし」
博愛依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「ぶっちゃけ興味ないんだけどさぁ。ソレとの謁見をさっさと済ませて、可憐な少女たちを愛でる方が重要なのだけどね俺は」
少女依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「大丈夫。ここまでなんとかやってこれたんだし、私ならきっと大丈夫……」
自己愛依存症の彼女ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「終わってみれば呆気なかったな。あのお方とやらが、我を満足さしえるのかが興味深いところだ」
博打依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「どうでもいいよ。ほろろちゃんがいないいまなんて、ほんとうにどうでもいい」
糖分依存症の彼女ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「しぇんろんてきなやつだったらいいのになぁ。もちろんふるるちゃんをいきかえらせてっておねがいするんだ!」
塩分依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「ちなみにそれとは会話は成り立つんだろうな? 色々と聞きたい事が山積みだし、話し合いの機会を所望するがね」
学習依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「つーかラスボスって奴? あたしってばあんましゲームしないから、そういうのに興味を惹かれないんだけどねー」
兄依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「思えば実際に対面したこと、無かったな。PK(プレイヤーキラー)の功労を労って、なんかうまいもんでも振舞ってくれると嬉しいぜ」
殺人依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
「常外の存在には違いあるまいて。滾る、滾るのぅ。奴(やっこ)さん、どれほど強いのか……楽しみじゃのう」
戦闘依存症の彼ならば、そんな風に返していたのかもしれない。
彼ら彼女らがこの場に存在し、先の見えない暗路を自身の歩調で進んでいたという可能性は、等しくあった。
しかし残った者――生存した大罪人は僅か一人しかおらず、その大罪人は寡黙を押し通して、黙々と歩き続ける。
内心何を思うのか、その表情は闇と同化し、傍目には伺えなかった。
『騙すつもりは、無かったんだよ。ある意味ワタシもあのお方に囚われている。好き好んで過去何人もの大罪人を爆破してきたのは、正直苦痛だったんだよ』
肯定も否定も返さないその大罪人に対し、頼まれてもいないのに弁明を続ける自爆霊。
あるいは、彼女も被害者だったのかもしれない。
黒幕的存在ともいえるお館様に、何百年もの間主従関係を強いられていたのだから。
ボムみが己の出自やそれ以前の記憶を取り戻すのは、未だ予兆すら見えていなかった。
故に彼女は、拙い希望とも言える懇願を後に添えた。
『きみならもしかしたら、この連鎖を終わらせられるかもしれない。いや――むしろきみにしか出来ないことなのかもしれない』
『今回の儀式――きみたち大罪人が巻き込まれたゲームを最後に、お館様はいよいよ本来の力を取り戻し、破滅的な願望をそのまま現実に置き換えるだろう』
『お館様という存在にとっての唯一の脅威である――大罪人の誰かが、阻止しなきゃならないんだ』
『ゲームが終わって日常生活に戻れるともし思っていたなら、本当にお門違いなお願いに他ならないのだけど、頼むよ』
『アイツを止めて、全てを終わらせてほしい』
歩幅を緩めず、止まることも無く歩き続ける大罪人は、相も変わらず何も返事をしなかった。
少し前に似たような願いをあの人から託されたという近似感を――内心微かに覚えながらも。
そしてついに、長い廊下の終わりへと、到達した。