自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

幕間闇景

(から)を突き破ろうとしている刻が近付いている。


光の差さない暗所の奥の辺りで、“それ”は来るべき誕生祭を心待ちにしていた。


耐え忍ぶこと凡そ四百二十五年――永劫にも思える空虚な時間を過ごしてきた過去から現在を帳消しにして、栄えある未来への到達と野望の成就とを、今か今かと渇望していた。


この度の蟲毒の儀式が終わる頃には、ようやく始まりを迎える事が出来るのだろう。


――しかし。


『お館様、失礼致します』


『失礼致シマスゼ、オ館サマ』


少し離れた宙の辺り、少女と少年の容貌をした使い魔が頭を下げて跪いていた。


『其方(そち)らか。久しいのぅ。どれ、面を上げて近う寄れい』


自爆霊穂”無実(ボムみ)と、起爆霊真韻(マイん)の両名は、闇から響くくぐもった声に応じて、正面へと視線を向ける。


『大変なご無沙汰をしております。お休み中に申し訳ございません』


普段であれば上がった口角は下がることを知らず、呼吸をするように軽口を叩いているボムみの表情は、今この瞬間は至って真面目であった。


事情を知る者が眺めれば、それは緊張よりも恐怖の色合いが強く押し出されている様でもある。


『よい。よいのじゃ。きょうの余はいたく気分が優れておるでな。して――穂”無実よ。穢多共の争乱事は無事に決着が尽いたのかえ?』


『いえ・・・・・・それが・・・・・・まだ――』


『マダ三人シカ減ッテネェゼ。モウカレコレ二ヶ月モ経ツノニヨォ~! かたつむりヨリモ遅ェヨナァ! ゲタゲタゲタゲタ!!!』


闇に溶ける様な黒装束に身を包む、起爆霊が腹を抱えて笑いながら、ボムみを遮ってありのままのことを漏らす。


『たわけが。口を慎めぃ』


その瞬間、極光(オーロラ)にも似た光の風が、ふわりとボムみの脇を掠めた。


つい先程まで呵呵大笑していた真韻が、音も無く縦に三等分きっちりと、その身を裂かれていた。


人間としての生理機能を捨て去り、意思のみで存在する霊体へと、創造主である“それ”はいとも簡単に干渉が出来る。


圧倒的な暴力の匂いが、色濃くこの場を支配していた。


『ガッ・・・・・・グゥ・・・・・・(カチリ)』


轟音が響く。


ボムみの右半分の視界が赤い爆炎で照らされた。ほんの一瞬、主の姿がちらりと現れるも、すぐさま室内は真っ暗な闇へと元に戻っていた。


同時に、ズタズタにされていた起爆霊も元通りに戻っていた。きっと意識が途切れる前に自らが爆発を起こし、消滅を防いだのだとボムみは思った。


『真韻や。余はうぬではなく穂”無実に訊ねたのじゃ。何度かぶりに表舞台に立って燥(はしゃ)ぐ気持ちも解らんではない――が、ちいと黙っておれ』


『ゲヘヘヘ。スマネェナオ館サマ。仰ル通リダ。まいん、少シ静カニシテオク』


先程の閃光よりも赤い舌先をチロリと覗かせながら、悪びれた様子でもない起爆霊の横で、ボムみは小刻みに震えていた。


(ワタシはマイんのようには振舞えない・・・・・・出来ればプレイヤーと重なって爆発する事だって、嫌で仕方ないのに)


はるか昔に――訳あって失われた血肉と身体。


かわりに与えられた役割――すなわち自爆霊。


お館様が悲願を遂げる為だけに存在する、駒を操る大きな駒。


ゲームの核。持ち時間を零にした参加者への、仕置の要。


その身に重なり我が身諸共内側から爆発四散させる、デスペナルティの極み。


過去十回にわたる開催において、ボムみはこれまで幾度も爆発――もとい参加者と共に自爆を繰り返してきた。


青い閃光に包まれ、弾け飛ぶ瞬間に痛みは無かった。無かったのだが、あの死に際の走馬灯のような――敗退者の思念・思想・思考が一瞬で、且つ膨大な情報量をもって強制的に共有されてしまう事象が、何よりも苦手だった。


むしろ苦痛ですらもあった。


しかしそれも、もうじき終わる。


目下行われている、第十一回目の勝者が決まれば、自爆霊としての役割から開放されるのだ。


同時にそれは――自意識の消失をも孕んでいる、のだが。


ともかく一旦は思考を止めて、お館様から投げかけられた質問に対する回答をボムみは行うことにした。



『はい。まずは、対戦規則に則った“憑依対象の三者間移管”がプレイヤー間で蔓延(はびこ)っております。普通ならば短期間でいずれかが裏切りを敢行して長続きしないのですが・・・・・・ともあれ、これが対戦期間を長期にたらしめている最も大きな要因です』



項目の五。

【対象Bが対象C(鬼であるA・鬼に触れられたBとも異なる参加者)に接触した際、下記の通り変化が為される】

【C→A/B→C/A→C※制限時間はいずれも72時間にリセット】



残刻の初期化――いわゆる制限時間からの逸脱が、蔓延していた。


ボムみの報告した通り、これは決して持続しない机上の空想よろしく至上の理想論でしかない。


制限時間から開放されるとはいえ、やがては3日間の交代の縛りすら億劫になり、大抵2周目あたりで誰かが裏切り、貧乏くじを引いたものが爆死するのが常である。


しかし東胴・北園・高低兄妹の間にて、実にひと月もの間これが成立してしまった。


兄である高低ほろろ亡き今、更に別の参加者同士でも再びこの“憑依対象の三者間移管”が行使されている為、だらだらと時だけが流れ、残存するプレイヤーは一向に減らないという、こう着状態の様相を醸し出しているのが実情であった。


『それを防ぐ為の処刑者であろう。軽里の坊主――きゃつは一体何をしておるのだ』


機嫌を害したかのような、棘のある口調で詰問がボムみへと飛んできた。


『それがどうにも、ある参加者に対して強烈に怯えているようでして。それだけならば良いのですが、あろう事か、逆にその女が処刑者を追い掛け回しているのです』


『追い掛け回す? 如何なる理由じゃ』


『処刑者を追跡し、殺害する為です――』


『それはそれは。ほっほっ! あたら血気盛んな娘じゃな』


理由が理由であるだけに、ひょっとして自分も八つ裂きにされるのでは無いかとボムみは思ったが、どうやら主はそれが愉快に感じたようで、少しだけ安堵の表情を浮かべる。


『初戦敗退した参加者の血縁でして。その女が昼夜問わず襲撃を繰り返す為に、処刑者が責務を全う出来ていないのです。そしてその所為で、蓄積してきた意識も片手で数える程にしか残っていないと、報告を受けております』


『ふん、まぁよいわ。今のままではあの殺人狂の坊主っ子は使い物にならん事は理解した。して、続きを述べよ』


『僭越ながら・・・・・・現状、処刑者を除く参加者は、残り7名となっております。そしていくつかの不定要素が重なっており、当初と比べて最終の勝者が全く読めない状況にあります』


不定要素、とな。有耶無耶にせず、具体的に例を挙げよ』


『今更言うまでも無いかもしれませんが、お館様を核として各プレイヤーに芽吹いた種――いわゆる固有能力についてご説明します。“任意発動型”と“常時発動型”の2つに分類出来るこれらに関して、“死後発動型”なる新たなタイプを持つ参加者が数名出て来ておるのです』


生命活動を停止する事が条件、なのかのう。なるほど、これまでに類を見ない、面白いチカラじゃな。だが大源である余が“魂を更新”し続けて今に至っておるのだし、不具合は無いのでは?』


『あくまで懸念するという点に於いて、です。捉え方によっては“ 死 後 も 対 戦 が 続 行 可 能 ”でしょうし・・・・・・それに万が一でも、お館様に危害を加えるような事があっては私は――』


本音を隠した建前を伝えようとした自爆霊の進言を、主がさも涼しげな口調で遮った。


『仮にじゃぞ。余に弓を引く愚か者が出てきたとしても、蛮族に対抗しうる“切札”は既に手中に一つ持っておるでな。心配は無用、むしろ翻してくれた方がより愉しいからのう』


『では、もう“浄化”は済んだのでしょうか?』


『未だ不完全ではあるが、めきめきと仕上がっておるぞ。瓦礫の様な見た目は好みではないが、然るべくな』


ゲームを勝ち抜いた最終の大罪人を断罪する役目はてっきり主のみだと思っていたが、はたしてそうでも無いらしかった。



(完成した“アレ”に魂の強さで対抗できるプレイヤーは、低めに見積もっても過半数以上いるだろうけど)


(でもそれだけじゃ駄目だ。動機が無いと・・・・・・その先のお館様はきっと倒せない――――)



苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて俯く自爆霊に対し、主は追い討ちをかけるようにゲームの方針変更を滔々と語りだした。



『とはいえ、じゃ。のたりくたりとした一連に、余は退屈しておる。退屈だけならよいのだが、神無月までには儀式の手筈を整えたいのも、本心だでな。それをもってして――新たに進行役を投じる事に決定した。ほれ、出て来て軽く挨拶せえ』


床を何かで軽く二度叩くような音がした後、今まで息を潜めていたのか、まるで最初からその場にいたかのように、一人の人間が主の付近に姿を現していた。


真っ白なタキシード。群青と紅梅が斑となったシルクハットとタイがいやがおうにも見る者の目を引き付ける。


表情を読ませないためか、顔面をすっぽりと覆った濃色豊かなデスマスクは、自爆霊と起爆霊の発する幽光を反射し、うっすらと輝いていた。


そして2mに近い長身ながらも華奢な体躯が故か、あるいは針金細工の擬人化の様にもみてとれる。


「初めまして。ボムみちゃんに、マイんくん。この度お館様よりご用命を仕った、村雨という者です。今後ともよろしく――」


何処か牧歌的なようでいて、それでいて全く感情が篭っていない、酷く中性的な声を村雨は発していた。


胸部が膨らんでいるようには見えないことから、おそらくは男なのだろう。


『こ奴は有能であるぞ。余の御目に適う程には、な。さて、では引継ぎと行こうかの』


「ご紹介に預かりました通り、以降ゲームは村雨が進行を致します。暫くの間お二方の出番は激減するかもやしれませんが、そこはご了承くださいませ・・・・・・」


「まず、お館様がご心配にあられる“進行速度”でありますが。手始めにこの現状を破壊し状況を加速するべく、参加者を一箇所に集めた上で、対戦規則の大幅な書き換えを行います」


「参加者同士が徒党を組んだとしても、1対1の構図はなまなかに覆せていないのが通例となっておりますので、一気に参加者が減るような仕様にする予定です」


「場所を準備するのに1ヶ月程時間をいただいた後に、アプリケーション【BomB!maP】にて残存するプレイヤーに一斉周知を行います。従わなければその場で爆死いただきますが、原則それまでは残刻のカウントは停止し、そして処刑者にも活動を停止するように促してください。その辺りはぼむみちゃん、貴方に任せます。いいですね?」


『・・・・・・わかりました・・・・・・』


有無を言わさない、淡々とした頼みごと為らぬ命令に対して、ボムみは頷くことしか出来なかった。


「続けて、現時点での各参加者の状況及び大罪順位についてですが」


村雨がつらつらとお館様に向けて報告を行う。



・大罪ランク 1位:辺閂(死亡)

・大罪ランク 2位:西乃沙羅(生存)

・大罪ランク 3位:東胴回理子(生存)

・大罪ランク 4位:高低ほろろ(爆死)

・大罪ランク 5位:厚山太(爆死)

・大罪ランク 6位:絵重太陽(退場)

・大罪ランク 7位:北園紅蘭(生存)

・大罪ランク 8位:高低ふるる(生存)

・大罪ランク 9位:薄河冥菜(生存)

・大罪ランク10位:央栄士(生存)

・大罪ランク11位:南波樹矢(生存)



「・・・・・・と、このような具合です。高順位の参加者の減りが目立ちますね。これも通例とは異なる経過だと感じます」


一般的に罪のランクが低ければ低いほど固有能力は暴力的なものになりがちであり、高ければ高いほど生存に特化した能力であるのが定説である。


しかしこと今回に限っては、最高位が既に死亡――且つ最下位がそれこそ あ っ て 無 い 様 な 能 力であることも前例の無い異例中の異例であった。


順当である筈の者が早々に盤上から消し飛ぶ不測が不測を呼び、通常一ヶ月もあれば決着が着くはずのゲームがその三倍近い期間が経過しているにもかかわらず、未だ半数以上が生存しているという荒れに荒れるイレギュラーの嵐。


だからこそお館様はわざわざ自分達――爆霊以外の実体がある進行者を場に投じて、一気にゲームを終わらそうとしているのが容易に想像できた。


だが、ここで主は更に予想外の指示を村雨へと投げかける。



村雨や。うぬが手を掛けるに事が早まるのは天命であろうが――念の為に天獄”と“地界”から使者を一人づつ遣わすよう手配をしてたもれ』



何気ない一言であったのだろうが、自爆霊・起爆霊共に、主の発した――それこそ爆弾発言に絶句する。


(いやいやいやそれってもう――)


(全員勝タセル気、マルッキリ無ェダロ・・・・・・)


「委細承知致しました。それにしても、お館様も実に意地が悪いですね」


『それぐらいやらねばな、有終の美を飾る最終回に事欠くであろう? ちなみにじゃ、村雨は今回どれが最後まで生き残ると考えておる?』


村雨が考える本命は・・・・・・央栄でしょうか。あの翁ならばお館様が呼ばんとしているゲスト――人を超えし人外の修羅共とも充分に渡り合える胆力と固有能力を有しておりますし。それに、そもそも彼の目的がその片方とあらば――尚更、ね?」


『あるいは盛者必衰――驕れ昂ぶる者の天敵が弱者でもあろうしのう。あい、わかった。では再び余は眠りに付いて待つとしよう。穂”無実も真韻も、ゆめゆめ村雨の妨げに為らぬ様、尽力するのじゃぞ』


『仰せの通りに――』


『合点承知ダゼ!!』


『必ずや――良き結果を御報告できますように』



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暗澹たる会合が終わり、49日の日数が流れた後に。



血で血を洗う、戦慄の第2ラウンドが幕を開ける――。