自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

再接触-コンタクト-

一瞬の出来事だった。



不意に前方を覆い尽くした巨大な何かに衝突され、四肢が千切れ宙を舞い、地面に叩きつけられた直後ですら、未だ我が身に起こった危機的状況が把握出来ない――一瞬の出来事だった。



甚大なる被害はもはや痛覚すら感じさせず、意識があるのが不思議なくらいに重篤なダメージを負っているにも関わらず。




彼の表情は、とても無表情であった。


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昏く長い通路を抜けると、そこには果てしない空間が広がっていた。


見渡す限りに何もない――地平線の境目すらおぼろ気な空間に、その大罪人は辿り着いた。


眼前、見知った存在が佇む以外に文字通り何もない空間に、乾いた拍手の音が反響する。



「まずは賛辞を呈さなければなりません――第三回戦生存、おめでとうございます」



真っ白なタキシードに群青と紅梅が斑となったシルクハット。


顔面をすっぽりと覆った濃色豊かなデスマスク


そして2mに近い長身ながらも華奢な体躯が故か、あるいは針金細工の擬人化の様にもみてとれる。


表情を読ませないままに、ゲームの進行役である村雨はしめやかに大罪人へと向かい合っていた。



「よもやあなたがこの場に立っているとは……とんだ番狂わせと言わざるを得ないでしょう。大罪人ランク最下位だったあなたが、ね」



「たまたまですよ。運が良かっただけで、僕がこの場に居るのは分相応でないのは自分が一番身に染みてますから」




南波樹矢(みなみたつや)は、半ば自虐的に村雨へと言葉を返した。




「それより、教えてくれませんか?」


「私の応えられる範囲であれば、何なりと」



「結局の所、僕は――いえ、僕らは……一 体 何 の 罪 を 犯 す 予 定 だ った ん で す か ?」



「未来の大罪人。それも序列ありきの咎人(とがびと)と言われましても、いまいちピンとこないんですよ」


「訳の分からない超常的な力を個別に配布され、あまつさえは罪人同士で生存権を賭けたゲームに強制参加なんて――尤もな理由がなければ、どうにも納得できません」


「……ふむ。なるほど」


投げかけられた質問に対し、村雨は顎に手をあてながら思案する素振りを見せた。


「てっきり、もっと別の疑問を先に口にするかと思いましたが、私の見込み違いだった様ですね」


「見込み違い?」


「えぇ。確 率 的 に 一 番 害 を 為 す 可 能 性 の 少 な い あなたならば、四の五の言わずに罪を受け入れる裁きを促すだろうという見込みが、違ったのです」


くつくつと笑う村雨の表情は、相変わらず伺えない。


「質問の答えになってませんよ、村雨さん」


「その様に感じられるのであれば、質問自体が無意味だったのかもしれませんね、南波樹矢くん――他には何か?」


「いや……もういいです」


「おやおや、へそを曲げられたのですか? 意外と忍耐力に乏しいお方なのですね。このインタビューが終わったならば、いよいよあなたは断罪の禊(みそぎ)に臨まなくてはならないのに、たった一つだけの質問で本当によろしいのですか?」


明らかに煽っているような口調の村雨に対し、樹矢は伏目がちにぽつりと呟いた。


「やる……無……だッつっ……んですよ」


「失礼、今なんとおっしゃいましたか?」



「事前に公約した条件を当然の権利が如く破棄し、こちらが真摯に向き合っているのにそれを蔑ろにする横柄な態度――」



「そんなどうしようもない奴とこれ以上話し合う価値なんてちっともない。やるだけ無駄だッつってんですよ……」



声を荒げてはいないものの、樹矢の内に秘めた静かな怒りが、わなわなと震える握った両拳に表れていた。



他者に対し怒りを覚えるというこの状況は、博愛依存症の彼からすればとてつもなく稀である。


何らかの外的要因が自分に対して起こったとしても、我が身に降りかかる火の粉であれば己が我慢すれば事なきを得るだろうという、ともすれば平和主義ともとれる彼の信条は、この場合当てはまらなかったからなのだが。


進行役こと村雨――彼は第三回戦開始前の対戦規則説明の際、こう告げていた。



「規定時間内に死ぬことなく、終了間際に出現する門へと到達すれば勝利となります」


「対象は唯一に限らず、生存者全てが勝者であり、繰り返しますがこの第三回戦が事実上の決勝戦です」



文言をそのままなぞったならば、第三回戦を勝ち抜けば 終 わ り であると、誰が聞いたとしてもそう思わざるを得ないような内容である。


加えて、樹矢を含む全参加者は、あらかじめ自爆霊であるボムみにこうも言われていた。



『せめてもの情けで振るいにかけて一人だけ生かしてやろうってな温情の下、生存権を賭けたゲームに参加してもらう事に決定しちゃいました!!!』



敗退がイコールで爆死に繋がるデスゲームである。


回を増すごとに必ずしも爆死ではなくなったとはいえ――それでも勝つ為には生き続けなければならず、命を賭け続ける必要があった。


一人だけ生かされるという公約の下、境遇十人十色なれど、参加者全員が真剣にゲームに取り組んでいたのである。



門を潜りこの広大な空間に辿り着くまでの間にあらかじめボムみに内情を聞かせられていたとはいえ、これでは当初と話が違う。



彼はただ、納得したいだけなのに。


約束を反故にされた主催者サイドの裏切り行為が、否が応にも樹矢の怒りに油を注ぐ結果となった。



「どうにも……嫌われてしまったようですね。謝罪しますよ、すみませんでした」


不貞腐れた幼子をあやす大人の様に、猫なで声を出す村雨


「………………」


対する樹矢は、無言で眼前のデスマスクを睨みつけていた。



「でもまぁ、あれですね。そのふてぶてしい態度こそが癪(しゃく)に障ったというか。これでもうあなたに慈悲をかける必要はありませんね」



「慈悲……?」



「なるべくならば出来る限り安らかに逝ってもらえればと考えていた配慮は、姿形さっぱり消え失せたってことですよ――おい、もういいぞ。やれ」



ひらひらと片手を村雨が振ると同時に、



『ぶくぶく――ぶくぶくぶく――――じゃ、遠慮なく…………どーんっ!』



途 轍 も な く 大 き な 何 か が 樹 矢 に 激 突 し、彼の五体は等しくバラバラに弾け飛んだのだった。