ズタズタであった。
本来であれば胴体に繋がっている筈である右腕が、右脚が、左脚が、左腕が。
そして頭部が、切り離されていた。
おびただしい出血量は、ことが起こってから幾分か時間が経過したからか、赤黒く変色していたとはいえ、沼とまではいかないまでも、血の池の様相を醸し出している。
ある仏教の経典によれば、それこそ血の池地獄とは本来であるならば女性が穢れによって落ちる場所なのだが、生憎ながらそこに倒れているのは、バラバラになっているのは女性ではなくて。
軽里玖留理、役割は処刑者。
中途よりプレイヤーを間引くべく参加した彼が、物言わぬ惨殺死体に変わり、そして果てている。
白羊から赤羊へと為ってしまった――哀れむべき犠牲者の第一号。
トレードマークやあるいはポリシイとも言える黄色いレインコートを、暴力的なまでに赤い雨に濡らせたままに。
再び彼が起き上がることは、少なくとも無さそうであった。
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「思うところは各々常々あるかもしれないが、我はこの投票ではいたずらに結論を出すべきではないと思う」
参加者の部屋を出て真っ直ぐ進んだ中央部の広間にて。
材質不明の白い円卓に、各プレイヤーが一堂に附したタイミングとほぼ同時に、水色髪の奇抜な格好をした男が一声を発した。
北園紅蘭――規格外の豪運をその身に宿した博打依存症で、大罪ランク序列は第7位の男。
ラッキー7か故かは不明ながらも、まだ赤羊になってはいない水色の彼は、他のプレイヤーの反応を待たずに、更に言葉を紡ぐ。
「本来ならばこの場は、己が如何に清廉潔白であるかを声高らかに提唱し、少しでも疑わしきは罰せよの精神の下に他者を糾弾すべき――そんなフィールドなのかもしれないのだが、どうだろう」
「現時点において、あまりに不明点が多すぎるのではないだろうか?」
「現況も実況も状況も不明瞭過ぎる中で――じたばたと足掻くには時期尚早だと我は考えている」
「だからここは、敢えて無記名投票にて機会を先延ばしにして、黒羊の特定に近づく為に、時間の猶予を作るべきだ」
喧々諤々意見を存分に交わしてくれと、北園が何故か半笑いで高説を垂れている様を、樹矢は冷めた視線でねめつける。
(滑稽というか、空虚というか)
(仮に処刑者だとしても現実問題人が死んでいるというのに)
(この人は、どうしてこうも“普通”に振舞おうとしているのだろう)
南波樹矢ーー大罪ランクは最下の11位、博愛依存症の男子中学生。
現時点から遡る事十数分前、軽里の遺体をいの一番に発見した樹矢と沙羅であった。
自分達が座っている円卓のさらに内側に、腕と脚とが2本づつ、そして頭部が切断され、6等分にされた遺体が、飛び散った血痕とともに打ち捨てられていたのだ。
切断、切断、切断。
衣服もろともすっぱりと切断された、バラバラ死体。
そんな、かつては軽里だった物体は、既に北園と央栄の2名により片づけられていた。
壁際に位置する、紫色のペンキで〝もるぐ〟と書き殴られた、死体遺棄場所と思しき場所に、既に遺体はおさめられている。
(野郎が着ていたレインコート、合成皮質のゴム状の衣服ごと斬るなんて、果たして加害者はどんな手を使ったんだろうねぇ)
こめかみに人差し指をトントンと当てながら、沙羅は熟考する。
西乃沙羅ーー大罪ランクは2位である(現生存参加者中最も高い)、恋愛依存症。
(切り口がどうにも 綺 麗 過 ぎ る ような気がするんだが、アレか。ピアノ線的な何かを使えば、やれなくもない、のか?)
(とはいえ、辺りを見回すも、糸を引っ掛けるような場所は見当たらないし)
(座っている円卓の背は低過ぎるっつーか・・・・・・凹部のスペースは、どう頑張っても大人二人がギリギリ立てるぐらいの面積しかない訳だし)
(ってなると、やっぱし 固 有 能 力 で 殺 っ た っぽいよなぁ)
(ここまで攻撃的な使い方をする奴、少年以外のどいつだっつーんだよ)
死因が道具ではなく能力であると当たりをつけた沙羅の前方では、回理子が表情を読まれないようにしながら、北園が皆に投げかける提案をどうしたものかと思案していた。
(私は、というか 私 と 彼 は 知っている)
(あのレインコート男を絶命させたのは、ふるるちゃんの【ファントムホール】で間違いないだろう事を、知っている)
一瞬とはいえ、軽里の惨殺死体を視界に入れてしまった(というか近頃人の死体に出くわす確率が高すぎる)所為で、こみ上げる吐き気を無理やり押さえ込みながら、回理子は己の思考を反芻する。
東胴回理子。大罪ランクは沙羅に次いで第3位である、自己愛依存症。
(【BomBtube】ではあくまでも参加者同士の決着がつく際のリザルト動画しか表示されない)
(故に、他のプレイヤーはこう考える筈だ)
( あ の デ カ 女 と 妖 怪 爺 以 外 は 動 画 に お い て 具 体 的 な 能 力 が 他 に 割 れ て い な い、と)
(超常的な肉体能力と、触れた者を即座に爆死させる能力じゃあ、この状況に説明がつかないだろうし)
(この犯行を遂行出来ないのは分かるだろうし)
(さしあたっては、ふるるちゃんの能力をここで暴露して、一気に黒羊を特定→多数票による決議をするのが一番合理的なような気がするのだけれども)
(なぜ北園さんはそれをしないの・・・・・・?)
訝しげな表情を、付き合ってまだ間もない彼氏である北園に向けながらも、その矛先である北園は、穏やかな口調でしきりに説得を試みながらも、内心は穏やかから程遠い逼迫したものであった。
(タオルで拭いたとはいえ、まだ手に死体の感触が......ああああ! 洗いたい洗いたい!! 早くこんな会議を終わらしてさっさと自室で手を洗いたい!!!)
(じゃなくてだな、うん。いやはやそれもそもそもがじゃないことじゃなくじゃあるんだが、えっとなんだっけか)
(そうだ思い出した。あの遺体を死体たらしめた、犯行方法についてだ)
(たぶんというかほぼ確実に、軽里とやらは高低妹の能力でやられたに違いないだろう)
(ここであの子を黒羊だと断定するのは簡単だろうが)
(簡単なのだが、きっと)
( こ の 得 体 の し れ な い 気 持 ち 悪 さ は、なんなのだろうな)
(警鐘がひっきりなしに鳴っているような、この感覚は、一歩間違えば取り返しのつかない事態を引き起こす類のモノである事を・・・・・・我は知っている)
(見誤るんじゃあないぞ紅蘭)
(それこそ主導権を握るような出しゃばりを発揮している時点で、かなり行きすぎた真似をしているのは重々承知にしても)
(ここは〝見〟だ)
(先延ばしにする事が、今出来得る最善の手法だと、肝に銘じているならば、なんとしてでもこの決議を無効にしろ)
こうして、東西南北の方角を苗字に関する4人が4人ともの思惑をはかる中で。
結果7票中7票が白紙による無記名投票により、黒羊を特定せずに第一回の投票は終わることとなる。
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投票会が終わった後の沙羅の部屋にて。
思いつめた感じに、樹矢がぽつりと呟く。
「使うつもりはなかったけど、使うことなく終えたかったけど、西乃さん」
「ん、なんだい少年?」
「能力を、行使してしまいました」
「あぁ、気になってたけど、少年って実際どんな能力なんだっけ?」
「僕の【ジャンキーポット】は、要は分かっちゃうんですよ」
「元 残 存 プ レ イ ヤ ー の 固 有 能 力 の 詳 細 が 分 か っ ち ゃ う ん で す よ」
「だから軽里さんを殺した人が誰であるか、予測が立ちました」
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暴力性を一切有さないが故の、あってないような能力。
博愛依存症、南波樹矢が固有能力【ジャンキーポット】
彼が対象を見ただけで、他プレイヤーの固有能力を知り得る能力は。
情報戦ーー現段階において、埒外の性能であった。