自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。原則毎週水or木曜日更新。

【東胴回理子 残玉:1 門開通迄残刻:32分】

まじっか自己の知性の高さを過大評価していたからであろうか。


来るべくして来てしまった悲運に見舞われている今現在を予測し得なかった、自らの愚かさを回理子は呪う。



「どうして、どうしてこんなことに……」



命を賭けた最後の勝負を仕掛けようとしている彼氏は、満身創痍を通り越した風前の灯火で。



和解し共に生き抜こうと誓い合った双子の片割れは、白樺にもたれかかったまま一向に目を覚ます様子はなくて。



「嫌だ……嫌だ嫌だ、もうやめてよ……私達が一体何をしたっていうの……」



絞り出された嘆きの言葉は、回理子本人がこの状況を3人が3人とも無事にて切り抜けられない未来を見越しての、儚い願いと同義である。



「さんざ抗ってくれたが、流石に 自 分 自 身 を 倒 す ことなんて出来っこねぇよなぁ人間?」



「や……って、みなくて、は……分ら、ぬ……であろう……我はまだ、あきら……めて、は……おらぬ……」



機能を為していない得物をかなぐり捨て、紅蘭は息も絶え絶えに天を担ぐように腕を上げた。



「死にかけの癖に、まーたマグレ狙いかよ。言っておくが俺様に同じ手は効かねぇぞ。食らった分だけ強くなるだけだ」



「次こそは......塵一欠片すら、残さん......」



どれだけダメージを与えようとも、倒れては起き上がってくる不死の怪物へ向かって、紅蘭は――――。


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時は一時間程遡り、彼女らは未だ追跡者と遭遇することなく、注意深く粛々と余物樹海を彷徨っていた。


「ひっきりなしであった爆発音が、止んだようだな」


ゆっくりとした歩調で周囲を警戒する三人は、互いに手を繋いでおり、左と左に彼女と幼子を従える両手が塞がった水色髪の男――北園紅蘭が口を開く。


「そのようですね。とはいえ、想定される地点からはかなり離れたとは感じますが」


その男と目下交際中である、ダークブラウンの艶やかな髪質の女性――東胴回理子が相槌を打った。


「つかさおじいちゃんだよねきっと。だいじょうぶかなぁ」


不安そうに視線を下げた緑髪の女児――高低ふるるに対して、今や盲目となった紅蘭は前を向いたまま、ぼやくように返事をする。


「翁央栄といえども無傷にて完封出来る程、奴らは容易くは無いだろう。冷たい物言いに聞こえるかもしれんが、今は我らの安全が第一だ」


「既に制限時間の半分が過ぎようとしているのに、遭遇する気配すらないのは不気味に感じますけれど」


「まりこさんのこゆうのうりょくをてんかいしているのがおおきいかもしれないね。よもつじゅかい、ひろさてきにはしゅとにじゅうさんくがゆうによっつははいるぐらいにひろいんだし、かくりつてきにはじゅんとうだとおもう」


第二回戦が繰り広げられた地下広間より再び地上にあがった後より、紅蘭・回理子・ふるるの三人は東へ移動しながら、存在そのものを希薄化していた。



大罪ランク第3位。自己愛依存症、東胴回理子。


直截的な暴力性は皆無ながらも、使い方次第では戦闘対象にすら把握されない、彼女の固有能力【ドッペルアナザー】は、現時点において追跡者からの追随を許してはいない。


加えて、三位一体の一行にはふるるの【ファントムホール】によって短距離ながらも一気に移動が可能な逃走手段をも常備している。


第一回戦における“時間制限”の規則をいとも簡単に破壊し、ルールの枠外で延命を図り続けた彼らならではの、万全な布陣。



完璧に思えたその体制は。


何の前触れもなしに、突如として瓦解の一途を辿るに至るのだった。



「このまま彼らと出会わずに……えっ!? ふるるちゃん!!」


まず異変に気が付いたのは、回理子である。


彼氏を挟んで手を繋いでいたふるるの首筋に、細長い筒のような管がいつの間にか生えていた。


「む、なんだか左手が重たいぞ。ひょっとして歩き疲れたのか? ではここらで暫し休憩を――」


「この馬鹿っ、違います! ふるるちゃんが攻撃されてるんですってば!!」


前のめりに倒れる幼子を引きずるようにして尚も前進しようとする紅蘭を静止し、状況を視認できない彼氏へと説明を早口でまくしたてる回理子。


「黄色と黒色の縞模様の細い管みたいな物がふるるちゃんの首に刺さって――ひっ! あ、あわを……泡をふいて意識が混濁しています!!」


「ど、どうしますか!? とりあえず気道を確保して人工呼吸を……あっ! それよりもこの管を抜いて布か何かで止血を――」


「慌てるな。横に寝かせておけばよい」


軽度のパニックに陥りかけていた回理子を静止し、不明瞭な視界を掻き分けるようにして、辺りを見回す紅蘭。


「医療の道に近しくない我らがどうこう出来るものでもなかろうよ。というか、実物が見えんので何とも言えぬが、下手に触れぬに越したことはない」


毒であれば被害が広がるからな、と警句を発しつつ、尚も視力以外の感覚を研ぎ澄ます紅蘭。


さざめきすら起きない静寂の中、生温い風と共に、うっすらと漂う腐臭が二人の鼻孔を刺激した。


「よぉやっとあの天使の圏外から抜け出てくれやがったなあ。待ちわびたぜぇ? おにいちゃんとおねえちゃんよお~」


回理子と紅蘭の真向かいに生えている樹の幹に突如として浮かび上がった暗褐色の五芒星より、厳めしい巨体がのっそりと姿を現した。


「これで邪魔が入らず、俺様だけがじっくりとメシにありつけるって訳だ。覚悟はいいかあ? うん??」


三叉に分かれた尻尾と、額を突き破る一角を生やした、地界からの刺客――追跡者が一人、塁砕刃である。


「そんな、今の今まで反応が無かったのに……どうして急に……」


「おねえちゃんは気が付かなかったかもしれねぇが、あの地下広間で自己紹介を済ませた際、すでにそこの小僧には“印”を付けてたんだよなあ。体毛よりも細く無痛の針を、適切なタイミングで急激に成長させたって訳よ」


狼狽する回理子に向けてちっちっちっと指を振りながら、オーバー過ぎるリアクションを添えて砕刃は語る。


「あとはそれが発する波長を辿ってひとっ飛びするだけさあ。最もこの移動手段は行きと帰りの二回分しか使えねぇから、ホームに戻るのは数十年先延ばしになっちまったがなあ~」


「不躾で恐縮なのだが、一つ教えてくれぬか。何故我やまりたんではなく童をターゲットに選りすぐった?」


「ンなもん決まってんだろ。肉ってのは若ければ若いほど美味なんだぜ。なんでもそのガキの固有能力はワープみたいなモンなんだろう? 下手につついて刺激して、捕まえるのに手こずるって考えたら、麻痺させて動けない様にするのが一番合理的だろうが」


(致死のダメージを三度与える手間を省くとは……此奴、四則計算もロクに出来ない愚か者の癖して、なかなかどうして理に適っている――面白い)


追跡者と遭遇する状況を想定する中で、 死 に な が ら 逃 走 す る パターンよりも更に最悪な現況――【ファントムホール】という離脱手段を早々に潰されながら、紅蘭は不謹慎とは思いつつも相手に感心してしまう。


「ならば童はまだ死んではいない、ということであろう。十全だ、何の問題も無い。貴様をここで再起不能にすれば、充分に切り抜けられる。容易いな」


「ハァ~!? おにいちゃんってば恐怖で頭イっちまってんのか? 只の人間が魔族の俺様をさーいーきふーのーおーぉ~!? 出来る訳ゃねぇだろうが! 笑い過ぎて胃袋破裂させる気かテメェ」


「何事も行う前から結果を決め付けるのは感心せぬな。っと、あっ! まりたんちょっともうちょいこっちに来て――ボソボソ……ボソボソ……すまぬ、えっと。そうだ、決め付けは良くないぞ、うん」


意識不明のふるるを抱き寄せる回理子の肩を手探りで叩き、耳元にて小声で要件を伝え、紅蘭はぬかるんだ泥が広がる足元へと、膝をつき、背筋を正した。


「あん? そりゃあ何の真似だ」


「見てわからぬか。これはな、一般的に言う降伏のジェスチャーである土下座を模したものだ」


地面に両手をついて、深く頭を下げる大罪人を見て、あっけにとられた砕刃であったが、相手の意図が分かった瞬間、豪快に笑い出した。


「ぷっ……ククッッ、ヒャヒャヒャヒャヒャアァ!!! マジかよ? えっマジなんかよ?? 逃げもせず抗いもせず、いきなり謝っちゃうパターン!! うわーそれはズルいって! 逆に笑い死んじまうって!」


眼に涙を浮かべて笑い転げる追跡者に対し、深紅の袴が汚れるのも構わず、不敵な笑みを口元に浮かべながら、紅蘭は誰にでもなく呟いた。



「魔族である貴様には馴染みがないかもしれぬが、我はオフの日に映画を鑑賞するのが趣味でな」


「中でもB級とされる怪獣系が最も心をくすぐられる」


「お涙頂戴のセンチメンタリズムなんてものは皆無な、只々突如として出現した人外の存在に民間人が蹂躙されていく様が愉快であってな」


「人類全滅エンドよろしく、救いようの無いバッドエンドであれば尚良しと感じるのだよ」


「それで、ポップコーンとコーラを平らげ、スタッフロールを眺めながら思案するのだ。いつも、いつも、何度も、何度も」


「……何が言いたいんだよ?」


「為す術もなく滅ぼされる筋書きを一通りなぞった後で、」



我 な ら ど の よ う に し て あ れ ら を 殲 滅 し よ う か と 空想に胸を躍らせるのが愉悦であるのだ。



「おあつらえ向きに、今が正にそのシチュエーションだと実感しており嬉しくてな」


「もっとも貴様のサイズはいいとこ改造人間程度であるが故、物足りなさも感じてはいるが」


「ちっ、興が冷めたぜ。笑えねぇ通り越して苛つきが半端ねぇ。とりあえずこれ以上へらず口を叩かれるんも癪だし、頭潰して黙らせるか。それでも玉の効力で生き返るっつーんなら、面倒だが三回ずつぶっ殺す。俺には“死”という概念が無いから分かんねぇけど、せいぜい自分の不運を呪えや」


紅蘭の抗弁に気を害したからか、舌打ちをして唾を吐き捨てた砕刃は、首をゴキリゴキリと鳴らしながら、獲物を刈るべく戦闘態勢を整え始めた。


「ならば未体験の其れ――貴様に死を我が振舞ってやろう。まずは前菜――たらふく喰らうがよい」



全隊員掃射せよという、紅蘭の合図とほぼ同時のタイミングにて。



全方位より追跡者へと、銃弾の雨霰が横殴りに降りかかった。