自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【4/23 17:51:31 西乃沙羅 残刻 20:13:05】

うじき日が落ちるかと思いきや、存外まだ外は明るかった。


自宅から出発した後、アプリのマップ機能を頼りに歩を進めてゆく。


つい最近まで寒かったが、ようやく春の兆しが町にみえてきたようだ。少し遅咲きの桜が夕暮れに映える。


他プレイヤーを指す青色のアイコンは相変わらず点在している。一番遠い距離で電車で2駅くらいであろうか。時間的にはまだまだ余裕があり、行かんとすれば遺憾なく行けるのだろうけど、その選択肢は選ばずに沙羅は駅前のショッピングモールに向かっていた。


元々はジャンク品を取り扱う電気部品の雑踏市場のメッカであるこの辺りは、いまやマンガやゲーム。あるいはアイドルが魍魎跋扈する魔窟と化している。外国人もちらほら見かけるし、凡そテンプレートともいえる見た目の所謂“オタク”的な輩も多数目に付く。


更に少し歩くと、眼前に噴水のオブジェを中心に添えた、広場のような空間が見えてくる。ここで、沙羅のスマートフォンが激しく震え、警告じみたアラート音を鳴らした。


【!他プレイヤーの300M圏内に侵入しました!】
【!アナタ様の位置情報が一時的に抹消されます!】


ディスプレイに文言が表示され、沙羅を指すオレンジ色のアイコンが透明感を増した色合いに変化した。


「なんなんこれ?こんな機能あんの」


『このゲームは逃げる側よりも追う側の方が圧倒的に不利だからね。同様の通知は他にも行くけど、おねーちゃんが何処にいるかは見えなくなるよ!』


言われてみれば確かにそうかもしれない。


「ねぇねぇぼむみっち。これってさ、ひょっとして通常は鬼以外のプレイヤーって、誰が鬼だかわからん仕様なの?」


『御名答!その方が戦略性が増すからね。でも今のおねーちゃん――要は鬼を中心として再び300M圏外に出ちゃうと、再び可視化されるから注意して!』


双方に通知が行くならば、追う側は如何に対象を追い詰めるか・追われる側は如何に射程圏外から離れるかがセオリーなのであろう。なのであろうが、では何故。


何故コイツは微動だに動かないのだろう。


このまま真っ直ぐに行けばぶち当たる。恐らくはコイツの圏内に入った為通知がされた可能性が高い。付近に他プレイヤーはぎりぎりいなかった、と思う。


よほど逃げ足に自信があるのだろうか。沙羅自身も体力には秀でるものが多少なりともあるとは自負してはいるものの、オリンピッククラスの短距離走者と張り合えるかと問われれば、首を縦に振ることは、流石に躊躇してしまう。


「まぁ、ありっちゃアリか。試したい、非常に試したい。さてさて、オーガが出るのか。或いはナーガかな?」


うずうずしながら、どんどんと道なりに直進してゆく。視界が拓け、期待に胸を膨らませた沙羅の目の前には、果たして。


人間の形をした豚にしか見えない生命体が、滝のように汗をかき、パトカーのランプのようにひっきりなしに首を動かし辺りの様子を窺っていた。


―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―


「ぶふぁ!これがボムみちゃんなのだね。はじめて見たけどまるで幽霊だねぇ」


厚山太はしきりに汗を流しながら興奮していた。その様子を対面にて冷めた目線で眺める沙羅。なんだろう、このえもいわれぬ残念というか、物悲しい気持ちは。


普通逃げないか?そもそも見ず知らずの人間だぞ?あたしは敵なんだろう?警戒心はないのか?というかカウント始まってるんだぞ?


疑問符が疑問符を呼び、頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。


アプリを見つつ、声をかけたら見事に他プレイヤーの一人だった。だったのだが、無言でスルーすれば良かったなと後悔の念に囚われる。とはいえ、接点を持ってしまったからには仕方がない。立ち話もなんなので、どこかその辺に入ろうという結論に至った。


例の如く、例のカフェである。そのうち出入り禁止になるのではなかろうかと、やもすれば不安になる。


開口一番、自爆霊がどんなものか見てみたいと太は提案をしてきた。一瞬、罠かと疑うも現状から判断するに、本当に興味本位だったのであろう。それに、17分間という制限時間は、それなりに長い。そして短くもない、実に中途半端且つ微妙な時間であるのだ。嫌悪感を覚える人間と場を共有するのならば、尚更である。


約1/3時間で、秒数に直せば1,020秒。


生き死にを賭けた、17分間。


『ぎゃはは!ふとしにーちゃんったら、見た目もアレだけど中身も相当キモいね!引くよ、ドン引きだよ!!』


「ひぎぃ!少女になじられるとか新感覚すぎんよ~。悔しいけど・・・気持ちいー!」


周りの人間も心なしか二人を避けている様に思えた。そりゃあそうだ。うら若き女性と二人でいるのに、沙羅を捨て置いて一人で宙に向けて喋っているのだから。変人、或いは奇人にしか映らない。


(はーん。なるほど。憑依対象しか知覚出来ないみたいね)


太の汗ばんだ手に触れた瞬間、沙羅にはボムみの姿が見えなくなった。頭に直接響いてくる声も、今は聴こえない。太とやり取りをしているのは分かるのだが、内容までは不明瞭というか、認識できない。


(アプリを見る限りカウントは止まっている。右上に新たに出てきた緑色のタイマーが、逃げ切るまでの時間なんだろうねきっと)


赤色の減算式とは違い、秒カンマ単位での加算式。デジタルのストップウォッチを思わせた。時刻は18時ちょっと過ぎ、プラスカウントは3分弱を刻んでいた。


(もう少しだけ、時間を稼ごう。さてと、コミュニケーションのお時間と洒落込みますか)


人語が通じるかどうかの疑問は、既にファーストコンタクト時に解消されてはいるものの、必要以上にはしゃぐ太とボムみのやり取りを遮るのは、いささか躊躇してしまう。


気は乗らないが、いくつか確かめなければならない事象があった為、意を決して沙羅は会話を切り出した。


「えっと、厚山さんでしたっけ。ちょっとだけ私とお話しませんか」


「だから~僕は豚じゃなくて人間、ホモサピエンスなの!!・・・って、ん?今なんか言った?」


「折角プレイヤー同士なんだし、情報共有でもしませんかと、尋ねました」


「いいよ!みたところ沙羅ちゃんは僕の守備範囲外だし、恋愛感情は一切持ち合わせてないから遠慮なく喋れるし」


何を言っているんだこの豚は、と内心毒吐くも、表にはおくびにも出さない。少しの辛抱だ耐えろと、沙羅は自らを鼓舞し、なるべく平常を装いつつ、話を続ける。


「このゲームが始まってから少し体調を崩してしまって、右も左も分からないのです。丸2日間寝込んでいたのですが、何か動きとかありましたか?」


「これといって何もねー。自宅でネットサーフィンしつつアプリのマップ見ている分には、互いに距離を取っている印象かな。そだ、君の固有能力はなんなの?」


「こゆう・・・?え、何ですかそれ」


「駄目だな、ダメダメ。デスゲームでは序盤の情報収集が必修項目なんだから、ちゃんと出来る事出来ない事把握しとかなきゃ。アプリのメニュー画面をタッチしてごらん。左下にある家のマーク」


言われるがままに押すと、そこには自分の氏名が記されていた。そのすぐ下には【アビリティ】の欄が見える。


「たぶん俗称というか、カタカナで文字があるでしょ。具体的に何が出来るかは使ってみないと分からない仕様になってるし」


「使うとは、具体的にはどうすれば良いのでしょうか」


「そーんなこと簡単に教える訳ねーじゃん!まぁどうしてもって言うなら教えてあげてもいいけど?僕は既に理解しているし、行使出来る段階までようやく来たんだからさ」


腕を組み唸りながらふんぞり返るその姿を見て、そのまま椅子の背が折れて頭を強打して死ねば良いのに、と本気で彼女は思っていた。先程から言葉の節々に一々どころか逐一棘を含んでいるのはなんなのだと。とはいえ、ここで沙羅はある点に気がついた。


(行使出来る段階まで来たとは。今まではそうではなかった?状況が変わった、一転した。ならばその指し示す意味は・・・・・・はーん。そっか)


あくまで仮定ではあるが、だんだん理解が出来てきている気がした。


「私を信用しないというならば、それでも構いません。でも残念ながら今頼れるのは厚山さん。いや、太さんしかいないの」


「へ?そ、そーなのか。ふふん!体よく騙そうったってそうはいかn・・・・・・」


「なら一時的でも良い、私と手を組みませんか。太さんの言うことを何でも聞くって条件でどうでしょう?」


「な、なな何でもっ!?マジに言ってるの!?!?」


「えぇ、なんでも。なんなら今からどこかに休憩にでも、行きませんか?」


そう言って、沙羅は身を乗り出し太へ向けて胸元を強調した。露骨も露骨。だがしかし悲しいかな、アニメやマンガでしか異性と触れてこなかった彼にとって、沙羅の渾身のハニートラップがクリティカルに功を奏していた。


「どっ!どどどどどうしてもって言うならい、良いぞ!うん、良いに決まってる!行こう、ってか行くぞ!」


「ふふふ。ならこれで同盟成立ですね。安心したので、少しお手洗いに行ってきても構いませんか」


「しょーがねぇなぁ!なるべく早く帰って来るんだぞ!」


席を立ち、鞄を見ていてくださいねと言い残し、沙羅はレストルームへと向かった。振り向きはしなかったが、あからさまに動揺しつつも嬉々とする太の様子が見て取れた。


スマートフォンを眼前に傾ける。セーフタイムは5分を経過。


(鬼ごっこ。はい、よぉーいスタート)


結果、彼が殆ど無い首を長くして待つ席へと、彼女が戻ることは無かった。