偽りなど介入する隙も暇も無いままに、心の底から苛立ちが募って止まない。
軽里は不機嫌だった。
それは超が付くほどに。仮住まいである家具を手当たり次第破壊する程度には、苛立っていた。
「なんで・・・・・・なんでだッ! どうして女子供の一人も殺せていないッ!!」
処刑者として何年かぶりに目覚めてから約1週間後、彼はプレイヤーの一人である辺閂を難なく殺害した。
身体的なステイタスは多少なりともあったし、追い詰められたが故の不意打ちによって腕を掴みかかられたとはいえ、それでも一滴の血も流す事無く自身の能力である【マッドスワンプマン】によって分裂した者を含めた3人がかりで、鈍器で滅多打ちにし、頭部を完膚なきにまで破壊することによって、殺害した。
ひいてはウォーミングアップ。寝起きの準備運動ぐらいにしか留めておらず、トドメをさした達成感すら希薄な、処刑風景。
あれから2週間が経った。その間、軽里は3人のプレイヤーを処刑対象として追い掛け、そしてことごとく逃げられていた。
彼が言う女子供に、手をかけることすらままならず、処刑に失敗していたのだ。
即ち、高低ふるる・高低ほろろ・東胴回理子の3人。
高低兄妹に関しては、ある程度の区別がついていたものの、どれだけ近づいてもどれだけ追い詰めても、時間・場所に限らず結局は逃げられている。
彼女の固有能力である【ファントムホール】によって、捕まえる寸での所で別の場所に飛ばれてしまい――時には軽里自体が遠方に飛ばされてしまい、一度とも触れる事すら叶わなかった。
(序盤とはいえ既に二人で組んでいるのはさておき、そもそも双子特有の伝達能力を甘く見ていた)
互いに離れていても互いの心理状態や危険度が凡そ把握できる高低兄妹。双子が有する特性――タイムラグの極めて少ない、相互意思伝達能力。
彼と彼女にとっては、片方に処刑者の魔の手が迫った所で、射程距離外に逃れればなんの問題もありはしなかった。
そしてこれは軽里が知りえないことであるが、兄妹の片割れである彼――高低ほろろが有する【ダミーリバース】は、殺害を生業とする軽里の行為に対しては効果を及ぼさないものの、“爆死を一度のみ無効に出来る”という精神的優位も追い風となっていたのかもしれない。
処刑を役割とし、プレイヤーに触れた所で自爆霊は相手に移らないし、軽里自体がボムみと会話じみたコミュニケーションをとれるとはいえども。
対戦規則へとロクに目を通していなかった彼と彼女にとっては、ちょっとしたスリルのある鬼ごっこでしかなかったのだろう。
(次のあの女もそうだ。確かに接近したのに、急 に 存 在 が 一 切 知 覚 出 来 く な っ た のは何故なんだ)
軽里が思い浮かべるあの女とは、東胴回理子を指している。
携帯端末を未所持であっても自らの感覚器官に備わっている【魂探知-コンサート-】は、ゲーム参加者の大まかな距離・容姿程度しか分からないとはいえ、彼女を補足し距離50mにまで迫った瞬間、前述の通り東胴の存在が無くなったのだ。
希薄になったのではなく、その場から消失したと言っても過言は無い。午後3時頃の駅前にて、道行く人々がまばらであったにもかかわらず、目視ですらも見つからない。
見失った。暫くその場に立ち尽くしあたりを伺ったが、再び補足するに至らなかった。
処刑者が接近した通知を彼女が受け取って、咄嗟に【ドッペルアルター】を発動してやり過したに過ぎないのだが、こちらも軽里は知りえない。決して知り得る事が出来ない。
相手がどんな能力を持っているかまでは、処刑者には解らないのだから。
殺害するべき対象が消失したことによって、自身が消沈するまではいかなかったが、次こそは確実に処刑を遂行するべく、軽里は改めて他プレイヤーの選別を連日にわたって行っていた。
真っ暗な室内。目を瞑りながら、注意深く残存するゲーム参加者の特徴や情報を少しでも多く取り入れるべく、集中する。
(白兵戦におけるここの戦闘能力で測ったとして、このデカ女とクソ爺はソッコーで除外だな。筋肉なり運動神経なりがズバ抜けているし、特に爺の方は突出具合がエゲツなさ過ぎる。下手するとコイツ、俺が見てきた中で一番強ェんじゃねぇのか・・・・・・!? 本当に人間なのかって疑っちまうぜ)
西乃沙羅、並びに央栄士、除外。
(続いてこの学ランの小僧は・・・・・・あ~~ッ! くそがッ! 既にデカ女とツルじまってる。これじゃあ手出し出来ねェ。破天荒な格好をしている水色の兄ちゃんは・・・・・・ん? ひょっとして義足かこれ。だったら足は遅いのかしらん。でもなんというか、処刑できるイメージが一向に沸いて来ないぞ。なんなんだよコイツ、気持ち悪ィ。次だ!)
南波樹矢-ミナミタツヤ-、並びに北園紅蘭-キタゾノグラン-、続けて除外。
(てゆーか双子のガキ共と消える女を抜くとすれば・・・・・・あとはコイツだけか)
残す最後の一人である他プレイヤー。それは、薄河冥奈-ウスカワメイナ-であった。
(年齢は――小僧と一緒ぐらい、つーか同じ学び舎にいるのか。肉体面は・・・・・・うむ、至って普通な女学生だな。それに他の参加者と組んでいる様子も今の所は無い様だし。それと、なんだ。高級旅籠街に居てもおかしくないぐらいに、ドギツク整った面ァしてやがる)
年齢にして15歳。まだ未成年であった彼女は、学校内では知らない者がいないぐらいには美人であったし、その美貌をもってしてとある団体にも籍を置いていた。
“∀κ♭4,800”――ターンエーカッパフラットヨンセンハッピャク。
火本国では知名度が最も高い女性アイドルグループに、一メンバーとして彼女は籍を置いていた。
沙羅の実弟である迦楼羅-カルラ-がメインセンターの片割れを勤める男性アイドルグループ――“ZZ-ダブルゼータ-”と双璧を為すこの団体は、あろうことか総勢4,800名のメンバーにて構成されている。
属する彼女らは実に72もの序列に分類されており、最高位である歌姫(アユミ)の称号を持つ12名のみが音楽活動を許され、以下は日の目を浴びることは無い。
各員がランクを上げるべく、リアルとネットを問わない熾烈な競争を繰り広げる中、入れ替わりも激しく嫌気を指して脱退するメンバーも日々多数存在することにより、入団自体は比較的容易であったりする。
そして歌姫以下の位のメンバーはメディアに公表すらされない為、下手に身バレしないという利点が挙げられる。
そもそも薄河はここへ入団した理由が腹違いの兄を××させる為だけということもあって、彼女からその事をクラスメイトに漏らす事も無かったのだが。
尚、その兄がこのゲームの参加者であり、且つ既に敗退している事実を彼女以外のプレイヤーはまだ知らない。
予断を許す余談としては、グループ名の語呂がもの凄く悪い所為で、ライブ中にこの呼称に関してファン同士の小競り合いが起きるのが名物とまでなりつつある(“エーカップ派”と“ヨンパチ派”が主流で、他にも多数呼び名有り)
(いずれにせよ、この女を確実に殺って調子を取り戻すしかねェ)
3度目の正直なんて言葉はどこまでいっても片腹痛くしかなかったし、果たして軽里は彼女を処刑対象に決定した。
万全を期す為、この日より20日余りの間、軽里は薄河の動向にのみ神経を研ぎ澄まし、日々の行動パターンを探ることにした。
家はどのあたりにあるのか。いつ一人きりになるのか。
接近する事無く、感覚のみで間隔を詰めていく様にして。
そしてついには、彼女が15分ほど孤立する時間帯が一週間に一度あることに気付く。
個別レッスンを終えて家路に向かうまでの間、人目に付きにくいルートを通っていることに、気が付いてしまう。
更に2週間観察を続け、それが不動であるものだと確信も出来た。
「俺はこの女をぶっ殺す」
「オレはコノ女をブッ殺ス」
「おれはこのおんなをぶっころす」
「ころっ・・・・・・ころころ・・・・・・すっす。ろす・・・・・・ころす」
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」
「(やれやれ、いくらなんでもやり過ぎじゃあないかね)」
辺閂を屠った際に比べて2倍――己の身体を6つに増やした状態で、軽里は対象を処刑するべく、棲家を後にした。
哀れな女子高生を蹂躙すべく、狂乱の笑みを浮かべながら。