レベル3、それは他の罪人らが持つ固有能力とは一線を画している其れである。
綿々と続く四百年の間、最も近くにいた村雨ですら超える事の出来なかった境界線。
祖たるパスカルの認識では初め、あらゆる固有能力を制限なく使用出来る の み であったが、違った。
「数より質だぁ? はっはァ、ぬるいぬるいぬる過ぎんよぉ!! もっと熱くさせてくれよぉオ!!!」
『随分とよく喋る――ぬぅぅぅうっ!?』
支怨十二殺衣転-バイツァゾディアックス-の九番目、最も動体視力に優れる形態餓申(ガシン)ですら追い切れない、弩級の速度から繰り出される、受ければ負傷は免れない連撃の数々。
一度攻撃を受ければ二度目からは効かなくなる塁と同等かそれ以上の装甲を――振り切れた大罪人である樹矢は容赦なく突き破ってくる。
開戦直後の遠距離戦とは打って変わって、今や相手は積極的に接近戦にてパスカルを削り続けていた。
比喩表現では無く、右と左の両掌にて、がいんがいんと音を立てながら、パスカルの あ ら ゆ る 部 位 を 削り取っていた。
(この鋭利さ。触れると同時に面ごと消失している……まるで極小の亜空空間じゃな、防御すらままならぬか)
相手の為すがままにされる緒戦とは違い、パスカルは現形態の出せる全力で都度攻めてはいるのだが、しかし樹矢を止めるには至っていない。
四肢を切断しようとも、下半身を吹き飛ばそうとも、あまつさえは首から上を粉々に粉砕しようとも。
次の瞬間には 無 傷 の 樹 矢 が損傷した肉体と 入 れ 替 わ る 様 に 出現し、捨て身覚悟でパスカルへと向かって来ている――その繰り返し。
「ねぇねぇお館様ぁ、まだ変身残してるのはイイんだけどさぁ~」
「力を出し惜しみしている余裕、そろそろ無くなってきたんじゃない? ねぇねぇ、ねぇってば!!!」
『弱い者程よく燥(はしゃ)ぐというかなんというか……勢いがあるのは結構じゃが、調子に乗るのは大概にせぇよ、下郎が』
「防戦一方なのに威勢がイイねぇ。知ってる? 負け犬の遠吠えってコトワザをさぁ!」
最も空間認識能力に優れる第六形態の巳暗(ミクラ)も。
最も移動能力に優れる第七形態の悔午(カイゴ)も。
最も防御力に優れる第八形態である未憐(ビレン)も。
相対する大罪人は ほ ぼ 数 秒 でそれら全てを圧倒している。
圧倒ないしは蹂躙(じゅうりん)という表現が近しいのかもしれない。
文字通り手も足も出ないというかされるがままに、パスカルの形態変化は次々に破られていっているのだから。
左様な意味では、目下の所至近距離での打撃の応酬に興じている第九形態餓申は、状況的にも敢闘しているともいえる。
……もっとも、剛力をそれぞれに内包した左右計八本からなる剛腕より繰り出される超スピードの連撃を、本数のみあげつらえば四分の一以下のたった二本の両腕にて捌き切り、あまつさえ一方的な致命的負傷をパスカルへと負わせる現状を鑑みれば、ただ単に粘っているとしか捉えかねられないのはさておいて――。
(凡そ人間の限界を超えておる。覚醒者特有の超常的な代謝が為す所業だけでは、きっと違う)
(時間操作系――それも彼奴は己のみならず 他 の 対 象 の速度さえも操れると見るべきか)
仮に金剛石製の大金槌を全力で振り下ろしたとしても傷一つ付かない堅牢な表面体皮をじわじわと削り取られながら、パスカルは大罪人の能力分析を試みていた。
当たらずとも遠からずな仮説を立ててはみたものの、そもそもが固有能力レベル3持ちの大罪人。
今まで一度も対峙したことの無い未知の存在における具体的な対策は、当たり前だが思い浮かばないのが道理である。
そして、一見して優勢に見える樹矢本人はというと、内面においては言いようのない焦燥感に駆り立てられていた。
(集中力が延々持続するってのも、ある意味拷問だよな……)
パスカルが第三形態に至るまでにかかった時間は5時間弱。
それを2~3百倍に短縮しつつ一気呵成を続行しているかに相手は感じているのだろうが、実質的には大いなる差異がある。
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【ジャンキージャンクジャックポット】
曰く、過去全ての大罪人の固有能力の大半を生死問わず複数同時に行使できる能力。
それはあくまでもベースでしかなくて、樹矢はその基本を踏襲した応用にて、絵重並びに村雨と戦闘を行っていた。
固有能力の合成。
元よりある別々の異なるモノを組み合わせ、祖であるパスカルすらも知り得ぬ全く新しい能力を創造し、そして使役する。
恐ろしいまでの強度を誇るパスカルの支怨十二殺衣転-バイツァゾディアックス-を単純作業に等しく今も尚耐え忍んでいる(順当に追い詰めている)のは、体感時間の操作が大きな要因としてあった。
一環の時間の流れそのものを停止し、何もかもが静止した中で自分だけが動く事も出来なくも無かったが、樹矢はその選択肢とは別の方法・手法を選んだ。
自らを遅く、それ以外は早く――体感速度の流れを狂わせる。
感覚値だけに留まらず、物理的な現象を内包した上でかような状況を作り出し、相手が一の動作を終える間に自分は百以上の動作を行う事によって、劇的なスピードにて破竹の勢いを演出しているのが実状であったのだった。
とはいえ、やられっぱなしではなくやり返してくる相手の攻撃は、一発掠(かす)るだけでアウトな致死威力を当然の権利の様に有していて、早さ遅さのプラスマイナスを加味した上でも、避けざるを得ないパターンはどう対処するべきか。
何もしない、それが樹矢の答えである。
避けないし、防がない。
つまりは防ぎようがないし避け様がないだけなのだが、ならばかようなどうしようもない事象に一々頭を悩ますのも無駄なだけだと、樹矢はそんな結論に至ったのであった。
なので、甘んじてパスカルからの攻撃を受け、そしてその度に絶命する。
厳密には絶命すると脳が認識した瞬間(場合によっては命中の手前にも起こりうるが)に、五体満足である 別 の 世 界 線 の 自 分 を 呼 び 出 し 、入れ替わる。
無数無限に存在するほぼ一緒な南波樹矢という一個人を統合・包括・管理をした上で、致死の一撃を受けた後も何事も無かったかのようにしながら攻めに準じる、ただそれだけ。
パスカルの攻撃を被弾する際に生じる痛みに関しては、根性という不確かな二文字で幾度となく乗り越えるのみ。
けれどもこの戦法には大きな穴というか欠陥があって、それ故に樹矢は前述の通り焦燥感に駆られていた。
並行世界の己と入れ替わる際に生じる副作用。
一度の実行ごとに 自 ら の 記 憶 が 失 わ れ て い く という枷を、彼は懸念していたのであった――。