自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

死闘録-シンズデリート-Ⅰ

かくして火蓋が切って落とされた、最後の大罪人こと南波樹矢vsお館様たるパスカルの対決に関して、状況のみを描写するならばそれは酷く単調なものであった。


ほぼ一方的な暴力が展開されるだけの単調なやりとり、である。


主な攻め手は樹矢、対して受け手であるパスカル


反撃だとは甚だしい(とはいえ命中すれば致命傷は避けられない)やり返しこそ稀にすれども、大罪人からの暴力を避けも躱しもせず、その身に受け続ける魔犬であったが、まず特筆すべきはその戦闘時間であろうか。



五 時 間 と ん で 二 十 三 秒 も の 間 、一切の間隙を置くことなく――パスカルは樹矢からの攻撃を受け続けていた。



飲まず食わずは勿論であって、あまつさえは休憩時間などをも挟む余地なく、それこそひっきりなしに。


開戦より常時複数の固有能力を発動し戦闘を展開している樹矢は、ともすれば肉体的にも精神的にも殆ど消耗はしていない。


格闘技においてはたかだか数分の僅かな間だとしても、想像以上に摩耗せざるをえない事象を回避し得ているのは、勿論肉弾戦を主としていない前提があるとはいえ、大要因は彼の類稀なる集中力にこそあった。


ある行為のベクトルが自らにとってが苦痛であればあるほど遅く感じ、逆に夢中であればあるほど早く感じることは、誰もが共感・同意出来る事実の一つであろう。


本質が博愛依存症な彼にとって、争うという行為はそれこそ好ましくないいわゆる“嫌い”な事であったが、あくまでそれは第三回戦が終了する間際までの話である。



前触れなく巻き込まれたデスゲームの黒幕と相対してしまった今、樹矢は全てを終わらすべく闘争の炎に身を焦がしていた。



故に何が何でも相手を滅ぼさんとする気概は、体感時間を加速させつつもそれでいて緩やかな流れを途切れることなく顕在させていた。


感覚的にはランナーズハイに近い、俗にいう“キマって”いる状態である。



『ネザンはおろかシウシまでをも、十刻ばに満たずして破られるか。ほっほ。見掛けに依らず胆力に長けておるのぅ貴様は』


そしてようやく 三 度 目 の形態変化を終えたパスカルは、鈴を転がす様な声色にて樹矢へと語り掛けている。


「何もしないならば何も起こらないうちに終わらしたいのが本音ですけ……本音だけどね」


思わず敬語表現になりかけたのを言い直しながらも、しかし樹矢には攻め手を緩める選択肢は決して許されない。


(最も手軽で割と殺傷能力高めな能力を打ちっぱなしでこれだけかかるとか……いくらなんでも硬すぎじゃないかな)



投擲及び銃撃。


これが今の樹矢が取り得ている主な戦法である。


固有能力【マーゴットサイエンティスト】にて巨大な石材を具現化。


次いで【ファフニールレガシィ】にて運動エネルギーを増幅し投擲。


合間を縫っての【トイランドアーミー】にて発露した物言わぬ人形達による銃撃の一斉掃射。


一定距離を置きながら今なお展開され続けられるそれら波状攻撃のルーチンは、戦闘とは呼ぶに値しないお粗末な戦術に他ならないのだろうが、しかし対象であるパスカルは一向に衰えを見せていない。


むしろ一定量のダメージを喰らうごとに凄みが増しているようでいて。



(倒れた死体から生み出される全く形状の異なる新たな身体――まるで蝉の羽化だね)


地を蹴り間を瞬時に詰めつつも着地と同時に繰り出したパスカルの右ストレートを躱して、再び距離を取りながら樹矢はそう思った。


(この元凶はRPGゲームで喩えると、いうなればラスボス)


(セオリーで行けば大体多くとも第3か第4止まりなのだろうけれども……初めに見るべきではなかったのかもしれない)



樹矢は知っている。



戦闘開始直後、ほんの思い付き程度で発動した【ピーピングボム】によって。




対峙する相手が あ と 8 回 も 変身を残しているという、そんな絶望的な事実を。




(ともあれ、形が変わったからって劇的に早くなるとか耐久力が増すとかは今の所感じられないのが僥倖、か)


(………………あれを除けば、だけど………………)



一見してそれは、戦国時代における鎧の一部の様に見えた。


歴史の教科書や社会科見学にて訪れた美術館に飾られていた物と異なる点を挙げるならば、ドクドクと音を立て脈打つ毛細血管の様な何かがその表面をびっしりと覆っている点であろうか。


最初に脚部、続いて膝部、そして胴部と。


パスカルが形態変化を行うごとにその全貌を明らかにしていくアレは、恐らく ど う し よ う も な い 何 か であることは、樹矢をして肌で感じ取っていた。



そして、そんな風にほんの一瞬だけでも、部分的な黒鎧に意識を向けてしまったのが樹矢にとって仇となったのかもしれない。


あるいは長時間一方的に攻め続ける事に慣れてしまったが故に、決定的な勘違いを正として捉えてしまっていた副産物に過ぎないのかもしれない。



錯誤その一、相手は積極的に攻めてこない。


原色眩しき赤と青の縞模様を全身に顕現させた第三形態は、距離を取った樹矢へ向けて、再び躍りかかっていた。


(追撃のスペースが普段より早い――――ッッ!!?)


錯誤その二、相手は常に一体のみである。


攻撃か届くか届かないかの間合いに侵犯する直前、あろうことかパスカルはその身を 三 体 に 増 殖 させた。


『じいっとしてるのも飽きたわ。どぅれ。手加減はしてやるが、簡単に壊れるでないぞ?』


虎とウサギと竜をベースとしたそれぞれが、正面並びに左右から同時に樹矢へ急速に距離を詰める。


信じられない殺意の圧力(プレッシャー)をひしひしと感じながら、この時点ではまだ樹矢には余裕があった。


命中の瞬間、あるいは命中の前に一山いくらかある固有能力のいずれかを発現させれば、回避は容易いと。


高をくくっていたとまではいかないまでも、許容の範囲だという認識であった。



だから、これは単なる選択ミス。



体組織の大半を液状化する固有能力【ジェルバード】を対応策として講じてしまったが為の、ありきたりな惨事の一情景でしか、ないのだ。



錯誤その三、相手の有する可能性の範囲。



もしも相手が樹矢の固有能力の性質を理解した上で、




術 者 自 身 を 再 起 不 能 に 陥 れ る 対 抗 策 を ピ ン ポ イ ン ト で 講 じ て く る 可 能 性 を 。




最後の大罪人は、得てして考慮していなかった。


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結果、樹矢は大ダメージを負う。



干からびてミイラ化し、呼吸もままならずその場から一歩も動けない程度には――――甚大なる被害を被ってしまう。