自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。原則毎週水or木曜日更新。

巨亡蟹-デモンドオブサン-

時速180kmの速度を伴う大型トラックに衝突されたかのような衝撃を受け、五体が吹き飛んだ樹矢。


彼と対峙する村雨の前方には、凡そ人からかけ離れた異形が出現していた。



『ぶくぶく――なんだぁなんだぁ。前情報だと幼女がここに来る確率が50%だってきいてたのに、二分の一を外しちまうとは、この俺も持ってねぇなぁ。ぶくぶくぶく――』



蛇口を全開にするが如く、両肩・両膝からどぱどぱと血液を流しながら、樹矢は仰向けのまま、声の主に対して問いかけた。



「久方振りの再開だというのに……教師が生徒にする仕打ちにしては、些か教育的指導がいきすぎてませんか……ねぇ? 絵 重 先 生」



『テメェがあの腐れ女と組んで俺をハメた仕返し、こんなもんじゃあ全ッ然足りねぇよ。イイザマだぜ、南波ィ。ぶくぶく――ぶくぶくぶく』



それは、一見して蟹の様に見えた。


一般的な蟹と違う点を幾つか挙げるならば、そもそも全長8メートルにも及ぶ巨大な体躯を伴う品種は地球上にいなかったし、体組織の9割以上を屍肉や躯で構成され且つ甲羅と反対側の腹部が歪な人面模様を描いているなどもっての外で、フィクションですら探すに難い存在であろう。



第一回戦においてリタイヤした筈の、かつての大罪人である絵重太陽。



紆余曲折を経て、彼は斯様な異形へと成り果てていた。



『最初はぁ、南波ィ。正直こんな醜い姿に変わっちまって、どうしようもない鬱に悩まされたもんだが。意外と――ぶくぶく――なっちまえばどうってことねぇし、むしろ今の方が昔よりも本来の俺の在るべき姿なんじゃあねぇかって思えるぐらいには、イカしてるって実感してる訳よ! ぶくぶくぶく――』


淀んだ緑の汚泡を定期的に口元へ溢れさせながら、巨蟹は元教え子へと心境を語る。


『縁もゆかりもないアイツ……おっと、睨むなよ村雨ェ。悪気があって言ってるんじゃあないんだぜ?』



『ぶくぶくぶく――ともあれお館様の加護を受けた俺は、晴れてこんなにも素晴らしい肉体を手に入れた訳だ――ぶくぶく』



『はじめはここまでデカくなかったし、むしろもっとちっちゃかった。でもなぁ、煉獄に湧き出る亡者共をたらふく喰っている内に、ぶくぶくぶく――ここまで強靭なボディを手に入れれたって寸法よ! ぶくぶく――』



「それぐらいになさい、従獣絵重。嬉しいのは分かりますが、自分語りだけならまだしも、これ以上はいらぬことを吹き込ませかねない。喰うか屠るかは任せますが、さっさと始末をつけるのです。全ては――」



人外たる存在に怯む素振りを見せずむしろどこか軽蔑するように顔を向けながら、村雨は異形へと命令を下そうとするも、その台詞は途中で遮られた。


『“全てはお館様の為だけに”だろう? ぶくぶく――聞き飽きたぜ。従獣になる前ならまだしも、あんまし調子ノッてるとテメェから先に血祭りにあげても俺は一向に構わないんだぜ? ぶくぶくぶく――』



「………………」



分かり易すぎる絵重からの挑発に対し沈黙で応えた村雨であったが、腰に差した西洋風の刀剣の柄に手を伸ばしかけたのを、絵重は見逃さなかった。


『ふひゃっ! 冗談っ、じょーうーだーんだってばよ、村雨センセー!! 立場や種族は違えど志は一緒じゃねぇか、そうカッカすんなよぉ』


(持て余すほどに圧倒的な力を手に入れた愚者特有の驕り)


(醜く、汚らわしい――反吐が出る)


「分かれば良いのです。どうにも今の私は短気になりがちな様……気分を害したならば後程たっぷりと謝りましょう」


上辺だけの心にもない謝辞であったのだが、その真意に気が付かない絵重は気を良くしたようで、ばちんばちんと凶悪な双鋏の音を立て、死に体である樹矢へと意識を戻した。


『つー訳でよぉ、出席番号31、南波樹矢。今からお前を食い散らかすことにけってーい! ぶくぶくぶく――』


『元より此処は現世と煉獄の狭間みたいな場所だから食欲は然程湧かないし――ぶくぶく、テメェもそのままくたばるには普段よりもいっとう時間がかかるだろう』


『けど――ぶくぶく、ぶくぶくぶくぶく――まだまだ俺様の鬱憤は晴れちゃいねぇ』


『出来るだけ惨たらしく、出来る限りグロテスクに、ボロ雑巾がキレイに見えるぐらいに、刻んで解(バラ)してやるよ!!』



「現世と煉獄の狭間。それは良い事を聞きました」



天井の無い真っ暗な空を眺めながら、樹矢はぽつりと呟いた。



『ハァ? 何、なになに?? もう死ぬしかないのに何なのその余裕?? ――ぶくぶく、先に頭ぁイっちまったか?』



「至って普通、平常運転ですよ」



「しかしあれですね、見るに堪えない化け物に成り下がっても、流石は元教師……こちらから教えを乞う前にヒントを示してくれるなんて 最 期 の 授業には勿体ない気がしますが」



気怠い表情ながらも、瞳孔は爛々(らんらん)と見開かれ――意識すると同時に樹矢の耳元からは青い導線がするすると伸び出していた。




「残念ながら僕も暇じゃあないんです」




「外道に落ちたロリコン屑野郎には――そろそろご退場願いましょう」