自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【Phase1-A 南波樹矢 残色 白:8 黒:0 赤:0】

っぴきならぬ大事が、はたしてどのタイミングであったのかを、胸に手を当てて思案するとしたならば。


彼こと南波樹矢(みなみたつや)の場合、何度も幾度も逡巡した所で――やはり、担任教師の絵重太陽(えしげたいよう)が他プレイヤーだと知覚した瞬間が、起点となるのだろう。



余計なことを言わなければ。


余計なことを働かなければ。



たられば上等な、取らぬ狸の皮算用がごとき、不確定で確証のない――未確定で未詳である、杞憂にも似た幻想。


ひょとして、もしかすると、自分が犠牲になることで、残りの九人が助かっていたかもしれないという、儚くも朧げな可能性。



そんな懸念が、彼を悩ます。


そんな疑念が、彼を惑わす。



だからこそ、それがゆえに、彼は既に開始された第二回戦の題目である、“羊探索-シープ×シーク-”に、心血を注ぐ覚悟が出来ていた。


混濁した意識から覚醒し、両眼を開けたその表情は、普段と全く変わらない平常のそれであったとしても。



(黒羊を最短で見つけ出して――全員助かる道を切り拓く。その為ならば、なんだってしてやるさ)



自らが内に秘める激情は、或いは狂気の別側面なのかもしれなかった。


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「これより皆様には、羊になっていただきます」


表情を伺わせないデスマスクを鈍く光らせながら、村雨と名乗る正体不明の男は、樹矢達に向けて淡々とした調子でもって、新たな対戦規則を説明し始めた。


「壁際に設置された容器がご覧になられますでしょうか」


「第二回戦スタートにあたって、まず皆様には各々が冠する数字の刻印されたソレに這入っていただきます」


「全員が収容された時点で、中身を“巫羊液”というモノで満たし、皆様を“ある空間”へと飛ばします」


「飛ばされた先の閉鎖空間において、皆様には個々に役割――羊としての属性が与えられます」


「まずは白羊。協調性に富んだ、善良なる一般市民に相当・位置づけられる存在」


「つぎに黒羊。戮して殺してを生きがいとする、残虐なる悪鬼に他ならない存在」


「最後に赤羊。黒羊に屠られた白羊の成れの果て・・・・・・身を血で染め切った残骸」


「開始時、皆様はまずは白羊か黒羊のいずれかに分けられます」


「白羊は黒羊に殺されないよう団結をする必要がございます」


「定期的に訪れる選別タイムにおいて、残存する参加者の過半数票を多数決として、黒羊が誰かを特定し見事的中に至れば、白羊側の勝利となります」


「反対に、黒羊は白羊を欺きながらそれら全てを赤羊に塗り替える必要がございます」


「自らの正体がバレない様に、白羊を全て殺し尽し赤羊にすげ替えれば、黒羊側の勝利となります」


「ここまでで質問はございますか? あぁ、分かりました。それでは幾つかの注意点を続けてご説明致しますね」


「注意点その①。選別タイムにおいて、残存する過半数票が集まらなければ、選別自体が無効となります」


「というのも、仮に過半数票をもってして黒羊を誤って指定してしまった場合・・・・・・過半数票を投じた全てのプレイヤーが爆死するペナルティがございまして」


「未だ黒羊が確実に断定出来ていない場合は、ひとまず無記入(白紙)に統一して、いたずらに白羊側の頭数を減らさない事が得策かもしれません」


「要するに、リスクヘッジですね」


「注意点その②。選別タイム時の投票に応じなかった場合、不投票のプレイヤーはペナルティとして爆死に処されてしまいます」


「如何なる理由があっても、選別タイムに遅れることは許されないのです」


「なので個々人、必ず選別タイムには参加してくださいね」


「注意点その③。黒羊は通常、白羊と見分けがつきません」


「ですが、黒羊が白羊を赤羊に変えようとする瞬間――つまり殺害に及ぼうとする時間のみ、他の参加者に自分が黒羊であることが露呈します」


「“ある空間”において、選別タイムが行われる広間には、戦況を指し示す電光掲示板が設置されております」


「合わせて参加者の皆様には、掲示板と同期が為された簡易識別装置を標準装備として配給し、残存する各羊の色ごとの数が認識出来るように取り計らいます」


「白羊に該当する参加者の方々はそれらを逐一チェックして、黒羊を見つけ出す指標としてくださいませ」


「注意点その④。選別タイムに関しまして、以下の2つの条件が満たされた際に開催が確定します」


「ひとつ、【白羊が赤羊に変わった事が露呈した15分後】」


「ふたつ、【最後の選別タイムから8時間が経過した後の15分後】」


「なお、第二回戦開始から8時間15分後は、例外として上記に関わらず選別タイムが開催されます」


「最後に、注意点⑤。今までの対戦規則は本第二回戦においては適応されません」


「すなわち――制限時間をはじめとした、参加者同士の接触に関する縛りは撤廃されます」


「そうそう、皆様が保有されている固有能力に関しては、“ある空間”内部であっても、今までと相違なく使用が出来る事をお忘れのない様に」


「大まかな概要説明は以上です」


「その他細事を含め、成文化されたものは別途ご用意をして、各自が確認出来る様、追って手配を致します」


「願わくば、各自持ちうる全てを発揮し、輝かしい勝利をその手に収めんことを・・・・・・」


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以上が、回想で。


近未来の医療用ポッドかのような容器に這入り、得体の知れない液体で満たされ意識が混濁する前の、ルール説明の一風景。


樹矢は横になった体勢から身を起こし、きょろきょろと辺りを見回しながら、息をついた。


「ここは・・・・・・病室、なのか?」


天井も、床面も、壁面はおろか、据え置かれた机・椅子・寝具・証明・衣装棚を始めとする全てのモノが、光を反射する特性を持つ――白色で統一されていた。


樹矢の自室の数倍程度には、広さと高さを持ち合わせていそうな空間ではあったのだが。


(起きたばかりでなんだけど、なんだか目が疲れそうな部屋だな。あとすぐ汚れちゃいそうだ)


そもそも目立ちやすい白色が白色で白色は白色を白色に埋め尽くしている、この空間。


いつか読んだ書籍の中に“距離感が近く見える効果があるそう”という事前知識も相まって、それとなく圧迫されているような感覚すら覚えてしまう。


そんな最中、不意に。



ぴんぽーんっ。



唐突に電子音がそれなりの音量でもって、部屋の中に響き渡る。


樹矢が横たわっていたベッドを対角とした左斜め前方、ドアと思しき壁面の一部が、赤くチカチカと点滅している。


来訪者の存在を告げるかのように、ちかちかと瞬き――ちかちかと光る。


(どうするべきか。誰かが来たのは、間違いないのだろうけれど)


状況が掴めていない、立位置がおぼつかない、そんな頼りの無い状況で唐突に訪れた便りは、突如として変貌を遂げた。



ぴんぽーんっ。


ぴんぽーんっ。ぴんぽーんっ。


ぴんぽーんっ。ぴんぽーんっ。ぴんぽーんっ。


ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん!


ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん!


ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん!


ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん! ぴんぽん!



(・・・・・・ものすごく連打してる・・・・・・逆に出るのを躊躇っちゃうよ・・・・・・)


それこそ最後の辺りは五十音図ハ行の第2音に丸を足した半濁音である“ぴ”しか聞こえないぐらいに間断なくチャイムが押され続けたのだが、常人であるならばパニックに陥らざるを得ない異常事態に対しても、装うまでもなく樹矢は至って平常だったようで。


「もう。はい、はいってば! 出るから、出ますからちょっと待ってください!」


などと、いつもに比べて少しだけ声を張り上げて、ドアへと近づいていき、内側からかけられていた錠を落とした。



「そもそもどなたですか・・・・・・インターホンがないから誰だかわから――――あっ」



扉を引いた彼の目の前。



逆さに垂れ下がった女性の髪が揺れていた。



振り子のように右に左に揺れているそれとの視線が交差して、無表情なままに樹矢は呟く。



「開始早々、何やってるんですかあんたは」



返事はしばらく、返ってこなかった。