爛々と輝く目を携えた、彼こと北園紅蘭が一度死んで結局生き返って、推理小説の名探偵が如く種明かしを披露していた所までは覚えていた。
身体表面の亀裂から溢れる青白い光に包まれ、何かを叫ぶ高低兄妹が消失したとほぼ同時ぐらいに、回理子は気を失ってしまう。
そして、目が覚めるとそこは病院のベッドの上であった。
「む。やっと起きたか」
「……おはようございます」
ステンレス加工の軽材料で作られたパイプイスに座り、知恵の輪と格闘していたであろう北園にへと、朝の挨拶を済ませる。
「どうやら助かったんですかね、私たち」
「ひとまずはな。些事だったといえ、脅威は一旦去ったと言えるだろう」
「そうでしたか……あの、この度は色々とすみませんでした」
「謝られる筋合いは無いぞ。なんせ此度の不始末は我の傲慢が招いたようなものだからな」
「とはいえ、体調を崩したのは私の不摂生が原因だし。何より北園さんいっぺん死んでるじゃないですか。無茶し過ぎですよ」
「心外だな。これでも勝算は幾らかあったんだぞ?博識なマリたんなら対戦規則の穴から我が行った最適解へときっと辿り着いた筈だ」
「ちなみにその幾らかについてですが。成功率は目測で何%ぐらいあったんですか」
「んー、10%ぐらい?」
「低ッ!!!全然駄目じゃないですか!!!阿呆なんですかあなたは!!!」
「零でなければ賭ける価値はある。何しろ我は生粋のギャンブル依存症だからな。とはいえ自身の命をベットするのは中々にスリリングであったぞ」
「よくもまぁそんな綱渡りをしましたね……って、ちょっと待ってください」
「なんだ。朝飯ならまだ来ないぞ」
「いや違くて。北園さん?」
「どうしたマリたん」
「その寒気がでる様な名称は、ひょっとして私のことを指して呼ばれているのですか」
「え?そうだが何か?」
「いやいやあなたそんな風に私を呼んだことないじゃないですか」
「生命の危機に瀕したことにより、互いの距離がぐっと近まっている可能性は無きにしも非ず。諦めて受け入れるんだマリたん」
「急過ぎるでしょ!!!ただでさえ病み上がりなんだから風邪ぶり返すような真似させないでくださいよ!!!インファイター並みの詰め方だなおい!!!」
「真面目な話、童が我らを出し抜こうと裏切って離脱したことに気が付いた際、我は貴様と戦うことになると身構えた」
「…………」
「口調こそ挑戦的であったものの、貴様は我と交戦する気は無かったのは目に見えて分かったよ。体調が優れないのに加えて僅かな制限時間で、突如絶望の淵に立たされたにも関わらず、自分一つの身でなんとか切り抜けようとする気概を感じたのだ」
「それは。だって、その」
「今でもあの時の貴様の姿が網膜に焼き付いて離れないのだよ。脳髄に刻まれたと言い換えても良いくらいだ。それだけ――それだけあの瞬間の貴様は気高く、そして美しかった」
「…………」
「それでだ。これからも我と組んで欲しい」
「北園さんと、私がですか?」
「そうだ」
「最終的には一人しか生き残れないのにですか?」
「そうだ」
「もしも私とあなたの二人が最後まで残ったとして、その後はどうするんですか」
「その時は、」
「その時は?」
「己の豪運でこのゲームの規定自体を覆した後、我はお前に告白するだろう」
「こくは……え?こくは」
「断言しよう。我の女になれ東胴回理子。我はお前を愛している」
「…………」
(ダンゲンシヨウ?ワレノオンナニナレトウドウマリコ??ワレハオマエヲアイシテイル???)
カナ言葉で北園のプロポーズを音として脳内で反芻し、ようやく意図が伝わったのか意味を理解したのか。
回理子は恥かしさ+とまどい=9割9分9厘の割合で、顔を真っ赤にして卒倒してしまった。
自らが自らを一番愛し、他者はその為の引き立て役でしかなかった、自己愛依存症。
そんな既存の存在であった彼女はこの瞬間原型を留める事無く破壊し尽くされ、残りの1厘の気持ちが「嬉しさ」であることに、この時点ではまだ気付く由も無かった。
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雨が止んでいた。
今にも爆発するかしないかの瀬戸際であった高低ほろろは、冷や汗を流しながらも自らの能力を発動させる。
「【ダミーリバース】ッ!!!爆死解除!!!!!!」
途端に、亀裂は急速に面積を狭めていき、徐々に元の肌色に戻っていった。
「だいじょうぶ?ほろろちゃん」
「してやられたってとこだね、ふるるちゃん。まさかあそこからひっくり返されるとは、予想できなかった」
他プレイヤーからの対象移管による制限時間切れ、ないしはペナルティによる爆死をプレイヤーごとに一度のみ無効化出来る力。この能力が無ければあの時点で自分は敗退していたのだろうとぞっとする気持ちがありながらも、それ以上の感情がほろろの中ではふつふつと滾っていた。
「北園のおにいちゃんがなんであんな芝居を打ったのかは解らないけれども、なんにせよボクが鬼に変わっちゃったのは、それとなくウザいね。期をはかってアイツは絶対に負かす」
『てゆーかほろ君の能力ってば本当ズルいよね!!!ギャハハハハ!!!』
北園が一旦とはいえども死亡したことによりボムみが自らに再セットされたこの状況。時間は有り余っているが精神的回復を第一優先とした際、一刻も早く誰か別の人間に擦り付けたいとほろろは思う。
「ほろろちゃん、ちょうどちかくにほかぷれいやーがいるみたい」
「マジで?何処にいるの?さっさとタッチしてふるるちゃんの能力で一緒に飛んで逃げちゃおうよ!」
「うん、そうだね。そうしよう。それがいいよ」
出し抜かれた事からやも冷静さを失っている兄に半ば追従する形で、ふるる達はマップ機能を頼りに歩みを進めていった。
目標とした他プレイヤーは、はたして老人だった。
酷く折曲がった腰が(ともすれば自分たちが背伸びをすれば頭を撫でられる位の高さまで下がった上半身が)印象的な、貧そうな身なりの老人だった。
(なんだよあんな爺ぃなら楽勝じゃんか。一瞬で終るしこの後どっか遊びに行こーぜふるるちゃん)
(わかった!ぼくあまいものがたべたいなぁ)
仮にも命のやり取りをしているゲームに駒の一つとして参戦している自覚が無かったらであろうか。ともかくも高低兄妹はこの時完全に油断をしていたというか、対戦をナメてかかっていた節が確かにあった。
自らが触った後に妹の能力でその場から緊急退避する。仮にイレギュラーが発生したとしても能力で爆死を無かったことにする。
リスクの伴わない完璧な戦法であるという自負があった。あったのだが、高低ほろろにはそのもう一段階上の可能性に気が付くべきであったといわざるを得ない。
もしも。
もしも自分の能力を上回るような。
問 答 無 用 に 相 手 を 爆 死 せ し め る 能 力 の 使 い 手 が い る と す れ ば という可能性に、気が付くべきであった。
「はいはーい!おじいちゃんおっはー!早速だけど僕の身代りに爆弾おぶさってもらうよー!!」
たったったっと。無邪気さを振りまきながら駆けてゆき、左手で相手に触れたその瞬間、老人の背後にどこかで見たことのある何かが具現化されていた。
「生憎じゃがぁ、儂は鬼であろうがなかろが、常に爆弾を抱えておるでのぅ」
一見して少年のように見えたそれは、腰から下が存在しておらず全体的に不明瞭であり、三角頭巾を被り黒い着物を着ていながら宙に浮いていた。
『ゲタゲタゲタゲタ!!!触ッタ!!!オ前つかさニ触ッタゾ!!!』
(あれ?なんで自爆霊がもう一体いる?対象Aは僕の筈……)
「終わりじゃよ。【オールベット】は儂に触れた時点で発動する――」
瞬間、高低ほろろは 赤 い 閃 光 に 包 ま れ 爆 裂 四 散 した。
その一連の流れを老人の視線外から見守っていたふるるは、信じられない気持ちで胸が一杯になるも、一目散にその場から退避するべく【ファントムホール】を発動し、その場から消失する。
「もう一匹は逃してしまったが、よしとするかぇ。さてさて、これで残す所は処刑者を入れてもあと8人――もっともっと減ってもらわねば困るのじゃわ」
仇敵たる天使様に会えるのはまだかのぅと、央栄士は天を仰ぎながら呟いた。
【第三話 了】