固有能力レベル2.5【アグニズレター】
畢竟(ひっきょう)するに、爆発であった。
起爆霊である真韻を憑依させ、且つその他有象無象の固有能力を合成させた上での、自身を爆弾と化した決死の突撃(バンザイ・アタック)
具体的な火力でいくと核爆弾2~3発分の威力を誇る。
放射能こそ散布しないものの、埒外の規模で瞬時に発動する暴威爆風は、直径200km圏内においてあらゆるものを塵に返す。
殺傷能力を限界まで底上げした、樹矢の行使し得る渾身の一撃。
パスカルの支怨十二殺衣転-バイツァゾディアックス-を這う這うの体とはいえ、軒並み打破した後に控える本丸の存在を事前に知っていた樹矢は、「ならばその完全体になる直前に最大火力をぶつければ何とかなるのではないか」との考えの下、その武力を温存していたともいえる。
果てしなく広がる戦力差を埋める為の、乾坤一擲の布石、または策。
強者が弱者を打ち負かす最も冴えた手法である“不意打ち”を、ベストなタイミングにて実行した次第。
決まったと思った。
決まったと思い込みたかった。
しかし―――――――現実は非情であって。
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紀元前の大地震さながらに周囲が平たく低く爆風にて均された、後である。
樹矢はある違和感を覚えていた。
何か大切な物を無くしてしまった様な喪失感というか、入替わりにおける副作用(具体的には思い出を都度一つづつ忘却する)かと思ったが、違った。
胸にポッカリと穴が空いたというか、樹矢の心臓があるべき位置。
丸 ご と そ の 箇 所 が 空 洞 に 変 わ っ て い た 。
静止した時が動き出すが如く、とめどなく溢れる流血具合と、正常な呼吸が出来ない異常事態を感知した樹矢は、しかしこの時点では未だ焦りはなかった。
並行世界の自分を呼び出し入替われば、この程度の負傷など、どうということはないとたかをくくっていた訳ではないにせよ。
何度も繰り返した単調作業に等しいのだから、これぐらいなら大丈夫だと、そう思っていた。
異変を感じたのは、その直後。
無傷にて入替わった筈の健全な五体が 全 く 同 じ 個 所 を 負 傷 し て い る 。
瞬きする間に――よりも早い刹那的な間に、致死に等しき空洞が、樹矢の身体に施されていた。
何かしらの攻撃を受けていると辺りを見回す樹矢であったが、パスカルの姿は見当たらない。
攻撃の正体が掴めないにせよこの致死状態はいただけないと、樹矢は再び入れ替わりを試みる。
が、結果は同じ。
爆発後の三体目も二体目と同様、というか入替わる前の身体と寸分たがわぬ位置・箇所に、貫通痕が拓いていた。
放置しておけば死亡は必至、であるからして樹矢は、また同じ行為を繰り返す。
繰り返し、繰り返し、繰り返す。
も……当然ながら事態は好転しない。
振り切ろうとも追いかけてくる死の連鎖(ループ)に囚われながら、樹矢は子供のころに読んだある怪談を思い出していた。
児童向けホラーとして何冊もの巻数を発行している、いわゆるシリーズもの――地上波にてアニメ化をも成し遂げた内の一冊の巻末に収録された、とある怪談を。
その話の中にはいわゆる怪異は一切登場せず、とある男の子が好きな時に時を巻き戻せるリセットボタンを手に入れる事に主軸を置いた構成となっている。
嫌なことがあればリセット、危険な目に遭えばリセットと、己に対する負益を避け続けた男の子だったが、ある日度胸試しで訪れた廃ビルの屋上から落下した際、何度リセットボタンを押しても落ちる直前からしか時が巻き戻せない事態に陥るところで、その短い物語は終わっていた。
リセットボタンを押すことを諦めれば死んでしまう、しかしながらリセットボタンを押したとしても向かってくる死は避けられない。
そんな状況に似ているなと、樹矢は自嘲の笑みを浮かべる。
あぁなんてことだ。
僕は あ と 何 度 死 ね ば 良いのだろう、と――。
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マガツミゾウノオホイヌヒメ――俗称、“極后狗”
パスカルが四百余年を経て到達したそれは、ある一定の水準までであれば 自 ら に 向 け ら れ た 攻 撃 の 大 半 を 無 力 化 する、無比無類の防御力を備えている。
打撃・斬撃・銃撃をはじめとした物理攻撃は勿論の事、質量を持たない炎熱・氷結・電撃も当然の事、先般樹矢が常用していた空間の断裂すらものともしない、至高の躰にて成る存在。
唯一ダメージが通りうる属性“爆破”を変貌直前に喰らったパスカルであったが、しかし零が一となる基準には届かなかった。
樹矢の起死回生の策は水泡に帰した、というのが事実であり現実である。
鉄壁という単語が陳腐に思える程に隙間ない防御力に加えて、更に恐るべきは、彼女の有する攻撃手段があげられる。
彼女が持ちうる二つの矛の内の一つ、至福暗転(レフトプッシュ)は、即ち。
敵と認識した対象に殺意を向けることにより 免 れ な い 致 死 を 相 手 へ と 付 与 する事が、可能。
術者本人であるパスカルが解除を促すか、あるいは彼女以上の力量を用いる超越者の存在無くして、相手の存在が消滅するまで停止することは、十中八九有り得ない。
事実、至福暗転を受けた後の樹矢が総計32,768回に登る超々多々な入替わりを経た後にも、迫りくる致死の傷は消滅することなく繰り返し繰り返し発現し――やがては彼の気力を折ったのだから。
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白銀に水玉の斑点を散りばめたかのような色調、先般受けた爆撃において傷一つない滑らかな体躯をまじまじと見つめながら、パスカルは嘆息する。
どう足掻いた所で万に、いや億に一つも負ける事は無いと知っていながら、それでもどこか期待していた節があった。
前人未到のレベル3持ちの大罪人ならひょっとして、自らを打ち負かす力を秘めているのではないかという、そんな淡い期待を。
入替わりを諦め、見るも無残な姿にて地に伏している大罪人を見、興味が失せたと言わんばかりに彼女はこれからの事を思案する。
どの世界から攻めるべきか、どの支配者から報復をしてやろうか、などと。
この時この瞬間をもってして、己が首謀者として開催し続けたゲームは終わりを迎えたのだと、既に終わったことだと彼女は断定したからこそ。
声を掛けられてからでしか、気が付けなかったのかもしれない。
『久しぶりに会ったかと思えば、随分様変わりしているねぇ』
女の声である。
先程まで毛程もなかった存在が、いつの間にやら新たに出現していた。
『いくらなんでもやりすぎじゃあなかろうかね。目的の為だとしても、加減ってのが感じられない。過剰、非常に過剰』
振り返るとそこには、見知った顔があった。
いかなる手法を用いてこの空間に侵入してきたかを考える前に、パスカルはその相手が己にとって害を為す存在であることを肌で感じ取った。
『あたしの11番目の元彼が言ってたんだ。何事も適度が一番、ってね』
ボディラインが露わになる程にぱつんぱつんなサイズのあっていない白装束を着、こじんまりとした白い三角頭巾の下に位置する双眸が、暗下での猫目の様に鋭く光る。
袖から突き出した肘先は煌々と発光し、腰から下は酷く薄地の布が一枚あるだけで、逞しい脚部が露わになっていた。
『さぁ、てっと。前口上はこの辺りでオシマイ。延長戦と洒落込もうじゃないか』
2メートルに近しい長身の女の周りに、鬼火が如く無数のシルエットが浮かび上がる。
それはどことなくダイナマイトを模した様相であることが、傍目から見て取れた。
『おイタをした飼い犬には、キツめの仕置きが必要だもんで』
『あたしと一緒に踊ろうぜ、なぁ。相棒?』
同意を伺う台詞を皮切りに、周囲に漂う空気が張り裂けた。