自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

【東胴回理子 -第三回戦前日②-】

知れぬ雰囲気――それは他を寄せ付けない圧倒的な個のオーラを醸し出している。



「お初にお目にかかります、哀れな人の仔らよ。皇飯屋(すめらぎめしや)です、以後お見知り置きを」



マーブルとイエローが綯い交ぜになっているボブカット。


身に纏うは中東の民族衣装を模した細長い布切れが一枚。


顔面には盾と真一文字の十字架のタトゥーが刻まれており、そしてその双眸は柔和ながらも閉じられている。


しかし、ここで最も特筆すべきは彼の背後より生えている翼についてであろうか。


無風の広間においてもはたはたと自然に揺れるそれらは、あまりに大きく、そして美しく。


獰猛な肉食鳥類が如き両翼を携えながらもも、一見してヒト科にしか見えない超常的な存在。



まるで彼は、天使のようでいて――。



「ひぃ、ふぅ、みぃ……なな。ガハハハッ! こいつはいいや、少なくとも半分の5人は喰える訳とありゃあ、テンション上がってきたぜ! 俺は塁砕刃(るいさいは)、地界よりちょっくら出張にやってきた魔族の代表だ。夜露死苦ゥウ!!」



四肢をぴっちりとしたラバーで覆う奇妙な格好。


筋骨隆々且つ浅黒くざらざらとした質感の皮膚。


そして、皇同様彼にもまた奇異な身体的特徴が見受けられた。


尾骶骨辺りから三叉に分かれ、不規則に動く三本の尻尾の先は矢印のように鋭利であって。


額を突き破って斜め前に飛び出しているのは、昔話に登場する鬼が持つ角のようであって。



自称するまでもなく、人に非ざる魔の領域に立つ存在に他ならなかった。



「改めてになりますが、第三回戦【亜⇔罪-マッドケイドロ-】において、皆様にはこのお二方らと命を賭けた鬼ごっこを行っていただきます」


ゲームの進行役である村雨がしめやかに割って入る。


「二回戦同様、参加者間での接触に伴う爆破規則は今回も設けておりません」


「規定時間内に死ぬことなく、終了間際に出現する門へと到達すれば勝利となります」


「対象は唯一に限らず、生存者全てが勝者であり、繰り返しますがこの第三回戦が事実上の決勝戦です」


「ただし先程も申しました通り、彼らから無傷で逃げ切るのは非常に困難であるのです」


「何せ天獄と地界からのゲストですからね。固有能力ありきでも、生物学的なスペックが段違い過ぎますから」


「なので、運営側で協議――とは言ってもほぼ私の独断ではありますが、ここはひとつハンディを付けさせていただくことに致しました」


何処からかいつの間にか取り出した大袋の中より、掌に収まるサイズの玉を取り出しながら、皇と塁へ一つづつ渡す村雨


「彼ら追跡者側が持つは戟堕玉(げきついぎょく)」


「これらを破壊さえすれば、天と地の眷属である人外の彼らへも、致命傷一歩手前のダメージを与えることが可能です」


「女性や子供であっても軽く小突けば壊れる脆さを持つ反面、肉体と一体化する特性を持っております」


「追跡者を殲滅する事は勝利条件には含まれませんが、対峙した際には撃退の一方法として記憶に留めておいて下さい」


村雨は続けて、今度は参加者一人一人へと、先ほど取り出した戟堕玉よりも更に一回り小さい異なる色を持つ玉々を配って回る。


「あなた達参加者側が持つは反魂玉(はんごんぎょく)」


「一名につきかけること三つ。これは……そうですね。一種の生命流転装置だと思っていただければ結構です」


「参加者が致死に繋がるダメージを受けた際、代わりに砕け散ることで死を無効化出来るアイテムとなります」


「しかしながら、これらが破損する度に所持者の五感のうちのどれかが著しく低下する副作用を持つ為、取り扱いには重々お気をつけを――おや?」


説明の途中で、村雨ははたと足を止めた。


沙羅、樹矢、紅蘭、回理子、冥奈、ふるると順番に巡回する中、最後の一人が差し出した反魂玉を受け取ろうとしなかったからである。


俯きながら、ブツブツと小声で呟き続け、目の前に立つ村雨の存在を一切意に介していない。



「積年の…………この日をどれだけ待ちわび…………クレインラウルプール…………白夜の悪夢…………やっと…………ようやく…………」



大罪ランク十位、固有能力【オールベット】を持つ央栄士は、それこそうわごとの様に彼自身にしか分かり様のない独白を滔々と紡いでいた。


「央栄様、ともかくこれを先に受け取――っ!?」



途端、瞬きすら許さない刹那の間に、村雨の腕が破壊された。



手首部・肘部・肩部の三箇所が、それぞれ可動域を大きく越えるまでに捻じ曲げられ、折り曲げられている。



取り零した玉を床にぶつかる直前でキャッチした士は、口角泡を飛ばしながら白目を向き、天に向かって叫びだした。



「儂はぁぁああああ!!! 今日っ、この日の為だけに生きて来たんじゃあぁあああああ!! 天使様をこの手でメッタ殺す為だけになぁあぁあああ!!!」



他の追随を許さない戦闘力を持ち合わせながらも、好々爺とした振る舞いを常としてきた彼としては、普段とは異なる錯乱じみた振る舞いであった。



「それを!! おっ、お前はなぁああ~、いちいちいちいち話が長いんじゃたわけがぁああぁぁぁあ!!!」



「さっさと、今すぐに、この場所で!! アイツを殺らせるんじゃあぁあああぁああああ!!!」



絶叫する士の方向へと顔を向けて、クスリと笑う皇。



(あれから先、まだお亡くなりになっていないとは。醜く生き永らえる害悪に相違ありませんね)



一触即発の雰囲気が広がる地下広間。


そんな修羅場一歩手前の状況を打ち破ったのは、意外にも左腕部を完膚無きにまで破壊された、村雨であった。


痛みに身体を震わせながらも、膝をついた体勢から身を起こし、5歩程後ずさった後、狂乱の様相である士よりも更に大きな声量でもって、彼の叫びを打ち消した。



「強化人間よりも強く! 赤き彗星よりも疾く! 君への思いは誰にも負けはしない!! だって僕はニュータイプだから! 宇宙(そら)の蒼さを一番知っているんだから!!」



それは絞り出すような美声にて唱される歌であった。



火本国民であれば誰もが耳にしたことのあろう、とあるヒットチャートの一節である。


それを聴いたからかどうかは不明瞭ながらも、士はどうやら正気を取り戻したようで、天を仰ぎ叫ぶのをやめ、神妙な面持ちのまま、自省の意を述べる。


「…………ほっほ。いやぁ、すまぬすまぬ。儂としたことが年甲斐もなくはしゃいでしまって。悪かったな兄ちゃん、ここはひとつ許してくれい」


あっけらかんとした呵呵大笑(かかたいしょう)の士とは対照的に、その時沙羅は人知れず露骨に嫌悪感を露わにした表情を浮かべていた。



そして彼女の後方に一人で佇む冥奈もまた、突拍子もない行動に出た進行役に対する違和感に顔をしかめながら、口には出さずとも訝しむ。



(あれ、あれれ。これって、この歌って。ていうか本人? でもどうしてこんなタイミングで......まさかね、無い無い。国民的アイドルのセンター役がこんな所にいる訳ないじゃんか)



ひとしきりの絶唱を終え、何事もなかったかのように無機質な声色にて、村雨は第三回戦の説明を続ける。


「さて……進行を妨げてしまい大変申し訳ございませんでした」


「第三回戦は明日12:00より開始を致します」


「参加者の皆様へは個々に寝床と食事を用意しておりますので、暫しの間ではありますが、英気を養っていただきたく思います」


「ここまでの説明で何かご質問がある方はいらっしゃいますでしょうか?」


表情を読ませないデスマスクをぐるりと周囲に向けながら、反応を仰ぐ村雨に対し、ピンと腕を伸ばして挙手を行った者が一名。


村雨とやら、我は貴様に一つ尋ねたいことがある」


「北園様ですね。はい、なんなりとご自由にどうぞ」


芝居がかった口調がデフォルトである紅蘭は、受け取った反魂玉をためすすがめつしながら、鋭い視線を村雨へと注ぎ、問うた。


「この反魂玉とやら、致死量のダメージを負わなければ決して壊れはしない特性を持っておったりするのか?」


「いえ。違います。あくまで衝撃を受ければ破砕はします。大体、ガラス玉程度の強度と捉えていただければ結構です」


「しかし割れるとペナルティである五感喪失は避けられないと?」


「左様です。故に取り扱いには努々(ゆめゆめ)注意していただきたいのです」


なるほどなと頷きつつ、紅蘭は掌に収まった内の一つをもう片方の手で取り上げ、ひどく気怠そうな口調にて、呟いた。


「さすれば、やはり3つは持ちすぎであるな」


「え? 北園さん、今なんて…………?」


少し離れて横に立つ回理子は嫌な予感がしたのだろうか、不安そうに紅蘭の表情を伺おうと近づくが。


しかし、遅かった。



「えいっ」



パリーン!



選りすぐった青色の反魂玉が地面へと投げつけられ、甲高い音を立てて割れ散った。



「おおー。凄いぞまりたん、靄がかかったように目が悪くなったぞ! どのような原理で出来ているんだろうなコレは」


両手を前に突き出しながら探るような仕草で、感嘆の意を述べる紅蘭に対し、回理子は。


「なっ!? なななな…………何を…………何を…………」



何をやってんだお前はと突っ込みを入れつつ、華麗なローリングソバットを彼氏の側頭部へと極めたのであった。