自爆霊穂“無実ちゃんと十一人の未来罪人

長編ちっくなweb小説の形をした何か。完結済。

対象→辺閂の場合【裏】

がね色の雲を縫うようにして突き抜ける朝日の閃光が目に差したところで、辺閂(あたりかんぬき)は目を覚ました。


初夏ですらない、春真っ只中の5月某日。彼は自宅より遠く離れたC県に訪れていた。新幹線に乗り1時間弱余り。距離で表記するならば大体180km程離れた――犀ヶ丘キャンパスの近く、ビジネスホテルに数日前から宿泊している。


枕が変わった所で眠れないデリケートさは持ち合わせていないにせよ、「近頃はよく夢をみるな」と彼はまだ少しだけ重い眼を擦りながら呟く。


内容は具体的に覚えていながらもとびっきり酷い内容であった、いわゆる悪夢というものに、この頃苛まれていたりもする。


時期的にはいつの間にか自分が正体不明のゲームに参加者として巻き込まれたあたりだろうか。おそらくその辺から頻繁に。



辺閂、49歳。


五十路を目前にして、敗退がイコールで死に直結する、非現実で理不尽で無慈悲極まりないデスゲームのプレイヤーの、一人。



妻と子供がいながら、一家の大黒柱として考古学の臨時教授の傍らペットショップにて働く彼は、実の所“死ぬこと自体”はそれほど恐ろしいものではなかった。


人間五十年。かの第六天魔王と畏怖された過去の武将が残した辞世の箴言の通り、人は目的も無く永遠に生き永らえるものではないと自分は考えているからだ。


物心ついた時から「知らないものを知る」という行為に最も快楽を感じて今日まで過ごしてきた特性上、学業に重きを置いた社会生活を現在進行形で営み続けているとはいえ、未だ無尽蔵に存在する自らが知りえていない未知の事象を知らぬままいずれは土に還る未来に対しては、いささか寂寞の感を覚えないことはないとしても。


仮に倍の百年足らずを生き永らえたとしても、それこそ全てが蒐集出来る保障など一切無い訳で。


土台無理な話であった。


学ぶ事は好きだが学ぶ事にも限度であったり限界があると、いつからか薄々感づいてはいたのだろう。


近頃は学習したその先に何を為すべきかが定まっていない、酷く不安定な状態に飽き飽きしている自分がいるのも事実であるし。


とはいえペシミズムに浸って、結果弱って自害に至らんとするまでには病んではいない。何より自分には家庭という名の守るべきものが存在している。


妻と夫の互いが違う事無く、双者が双者とも働き働く兼業夫婦だとしても。将来何があるか分からないからこそ、日々働いて蓄えを増していかなければならないのは自明の理なのであって。


泣き言を吐くにはそれこそ月日を重ねすぎた。結婚は人生の墓場――まぁそれは穿った表現過ぎるとしても、稀に苦痛を感じたり嫌気が差したりすることだって、閂にもある。


だとしても、ありていに言ってテンションが上がらない退屈な日常であることには変わりは無くて。このまま何の変化も転機も訪れぬまま、いずれ一生を終えるのだなぁと思っていた矢先である。



ゲームを進める駒の一つである参加者になって初めて、閂の認識と行動が変わった。



(寿命に依る死はそこまで怖くなくても――それでも殺されるとなれば話は別だ)


何かの弾みで鬼となり、制限時間が無くなった時点でGame Over→爆死、である。その一連の流れは直近の対戦結果が動画形式でアップされてゆく特設サイト【BomBTuBe】で少し前に確認している。


敗者は持ち時間が無くなると、青白い光に包まれてゆき内側から爆発した後には、塵一つ残らない。


痛みは伴うか否かは置いておいて、だがしかし老いていずれ死に逝く自分がこれから普通に余生を過ごす中では絶対に陥らない死因を眺め終わった後には、ただの恐怖しか残っていなかった。


それからの閂といえば、やもすれば積極的に他プレイヤーとの接触や接近を避けていた。日によっては距離を開ける為に自宅に帰宅しないぐらいには、戦々恐々と警戒を怠っていなかった。


それでも、それでも。


ここ数日の間、怯えるまではいかないまでも、不信感・不安感を募らざるを得ない状況の渦中に自らがいるかもしれないという疑念が、どうしたものか拭えない。拭いきれない。


拭いても、拭いても、下地から新たな疑惑が顔を見せる。


最近出現した、処刑者という存在。


プレイヤーであって、プレイヤーでない存在。



どうやら自分はその処刑者とやらに狙われているかもしれない、そんな疑惑。



主だった理由として、閂の居住区であるR区からS区に亘る範囲内でプレイヤーが点在していたのに対し、遠方である此処C県に向けて、非常に遅いスピードではあるもののそれでいて明らかに自分へと向っている挙動を見せる存在を、アプリケーションである【BomB!maP】にて確認している。


見慣れた青や橙とは違う、禍々しいまでに点滅する虹色のアイコン。


にじり寄るように接近してくるそれは、きっと処刑者が発する信号だという確信が、あった。


(鬼となり時間切れになれば爆死で、鬼でなくともこの先処刑者に追い詰められればきっと私は・・・・・・)


対戦規則第八項。処刑者(対象A~Cとは異なる存在)に補足され、殺害されると爆死はしないが敗退となる。


見間違うべくなくそこにはきっちりと“殺害”の二文字が記されている。


名は体を表す。処刑する者。ゆえにコイツは狙った獲物を――きっと殺す、確実に殺される。


どのような方法をもってしてなのかは解らないながらも、老衰による大往生とは程遠い苦痛を伴うのは考えるまでもかった。そして閂はいよいよ嘆息した。


(成人間際の学生やアスリートならまだしも・・・・・・初老で頭脳労働を主とする私にどうしろと)


繰り返しになるが、辺閂は49歳。来年で50歳を迎える。


いや、それこそ8ヵ月後のバースデーまで到達する気配ですらも怪しかった。とはいえ、



年を取るということは即ち――肉体の衰えを意味する。



運動系の部活に所属していた期間などは、閂がまだ呆けていなければ記憶として皆無であったし、そもそも彼自身運動自体が大の苦手でもある。


というかこの資本主義のご時勢において石斧を片手に平野を疾駆する狩猟時代でもあるまいし不必要に身体に負荷をかける行為にどんな意義があるんだむしろ愚か過ぎるだろ本当馬鹿じゃないのという、彼なりの信念もあって身体を動かすことを積極的に避けてきたという実情も拍車をかけていた(しかし自業自得なのかもしれない)


家内のサポートもあって肥満体系ではないとはいえ、痩せぎすな身体。処刑者の実物は見ていないものの、至近距離に近づかれればまず逃げられないであろう。


(先の短い老人に対して、ハンディキャップというものは無いのだろうか。いや無いのだろうな。確証は無いがどうせ私が参加者内での最年長なのだろうし)


余談ではあるが、閂の倍以上さらに年上であり、且つ年齢と共に身体能力が上がり続けている央栄士(おうさかつかさ)の存在を、彼はまだ知らない。知らないからこそ自らが最も窮地に立たされていると思い込み、そして殺されるかもしれないという見えない恐怖に明るい内から怯えているのだ。



殺されるということ。他者によって強制的に生命活動を停止させられるということ。



何しろ経験した事がないのだ。怖いに決まっている。今となっては発癌よりも何倍も高い的中確率を有しているから尚更である。


良くて爆死で、最悪ならば殺害で。いずれにせよ死は免れない。


やっとの事で自宅のローンを完済し終えたとほっと一息ついていた矢先、真っ暗どころか既に深淵へと落下しているかのような暗澹たる日常に、今の自分は存在している。


ツいていないにも程がある。いや、それこそ自爆霊なるモノは憑いてはいないにしろ、だ。


(こんな時に教え子だったあの子ならどうするのだろうな)


ふと思い出したように閂は、ガラケーから買い換えて2年が経つのに未だ操作の慣れないスマートフォンをぎこちない指先でタップして、かつての生徒へと電話を掛けた。


7回コール音が鳴った後、耳元より底抜けに明るい声が聞こえてくる。



「ハロー! みんな大好き絵重先生だ! ピーッという発信音の後に子猫ちゃん達のラブいボイスを3分以内に思う存分吹き込んでくれっ! 手が空いたら直ぐに折り返すよ。だからもう暫く待っていてくれないか。あ~・・・・・・それと野郎は耳障りだから今すぐ通話終了ボタン押して直ぐにこの番号を着信拒否にしろ。言いたいことがあるなら直接俺に会いに来てからほざけ、以上」



(・・・・・・・・・・・)



録音ボイスとはいえ、相変わらず自由すぎる個性に眩暈がしそうになる。


絵重太陽(えしげたいよう)。


その純粋すぎる不純な動機を原動力として、ついには教員免許を手に入れ教鞭を執るにまで至った男。


例の趣味はやり過ぎずとも控え過ぎずな具合なことも、噂には聞いていた。


(案外あの子みたいな奴が一番人生を謳歌しているのかもしれないな)


連絡を取ることを諦めて画面表示をオフにする。


が、初戦の西乃と厚山のハイライト以降の動画を観ていない閂は、彼が同じゲームの参加者であり既にプレイヤーの資格を失っている事実も、また知らなかったのだ。


権利譲渡により処刑者である軽里が参戦する原因に至った所以は、それこそ今の彼には思いつきですら思い浮かばないだろう。


果ての無い杞憂にいい加減嫌気が差してきた。ここで、まだ起こっていない未来の事象に憂うことをひとまずは中止し、閂は午前中の講義に出掛けるべく支度を始める事にする。


仮に彼がもう少しだけ注意深ければ、数時間後に訪れる苦難に直面することは無かったかもしれない。


閂は深く考えていなかったのだ。


参加者でありながら、自らが未来罪人の一人なのだということを。



罪人はすべからく、その身をもって償わなければならないことを。



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ホテルを出てキャンパスへ向い、都合50分の講義を2回終えた後で。


ご当地B級グルメである平☆担担平♪麺(Hey☆たんたんたいらめん♪と読むらしい)を食堂にて食すかどうかに尋常じゃないくらいに頭を悩ませたが、明日の午後の講義が終わるまではまだ滞在予定はあったので、楽しみは明日にとっておくことに決定を下す。そんな大の辛党であった閂は講堂を後にして、キャンパスの敷地外へと歩みを進めていった。


持ち運びの出来る軽食をコンビニで買い、バスに揺られながら近場の観光名所へと物見遊山を試みている所までは、概ね順調だった。


しかしバスを降りて、徒歩で目的地を目指している際に、状況は一気に悪化する。


【! 処刑者がアナタ様の1km圏内に侵入しました!】
【! 至急補足を振払うか迎撃の準備を整えて下さい!】


けたたましい警告音を発しながら、アプリ画面上に物騒極まりない文言が表示されている。


(馬鹿なっ!? 今朝時点では200km近く離れていたはずなのに、どうして急に・・・・・・!!!)


C県に滞在している期間は本日を含めて3日目。処刑者が自分に向って進んできているのは既知でありながらも、近づく距離は一日10kmにも満たなかった事実に、「相手は乗り物を使わずにいる」という前提が頭の中で出来上がってしまっていたが故の錯覚。処刑者は閂の間隙を突く形で、一気に間を狭めてきていたのである。


アラートが鳴った時点から、ぐいぐいと自らに向ってきている虹色のアイコンに、狼狽する閂。


「ど、どこかに隠れてやり過ごすしかっ!」


目的地としていた観光名所は分類を神社とする。決して広くはない境内において、平日の昼間である現在は、ともすれば人もまばらであるだろうし、何より目に付きすぎる。


焦りながらも周囲を見回すと、左前方に陰のある建物があつらえたように存在しているのに気が付いた。


老体に鞭を打って小走りで付近まで駆けていくと、それは数年前に廃業した旅館の成れの果て――廃墟であることを把握する。


日は充分に高く明るい屋外からしても、どこまでも鬱屈とした雰囲気は否めない。追い詰められている感覚しかなかったが、残すところ3~400mあまりにまで接近している処刑者から身を隠すべく、閂は眼前の廃旅館へと走り出していた。


錆付いた玄関ドアを開き、ホラー映画のそれでしかない空気を払うようにして、ロビーの右奥に延びる階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。


4階に到着した所で上へと続く階段はもう存在しなかった為、冷気に満ちた暗い廊下をおっかなびっくり進んで行くと、突き当りに観音開きの木障子が現れた。立て付けが悪く開けるのに苦労をしたが、這入るとそこは宴会場を模した大広間になっており、這入って木障子をぴったりと閉めて、南側の壁際にもたれ掛かるようにして、閂は座り込んだ。


息が荒い。呼吸が苦しい。


バックライトの光量を限界まで落とし、処刑者の位置を確認すると、どうやら同じ建物内にまで侵入しているのが見て取れた。


(今更ながら愚か過ぎる・・・・・・何故私はわざわざ逃げ辛い最上階の最奥へと逃げ込んでしまったんだ)


テンパったが故に後先考えず袋小路へと逃げ込んだ自分を諌めるも、時既に遅し。相手の全貌は未だ解らないながらも、老人である己がこの状態から奇跡の脱出劇を演じきるのは儚いどころかあり得ない妄想の産物でしかない。


(どう足掻いても私はこの場所で処刑されるだろう・・・・・・それは免れない――それ自体は構わない)


固有能力である【フーズフール】を用いたとしても、絶命は避けられないのは閂にとって自明の理であった。


能力を使うにあたっての「目的」が、そもそも彼自身には存在していないのだから。


そこでふと考える。脈絡の無いまま突如として、走馬灯であるが如く突発的に、辺閂は自らの人生を振り返る。


この世に生を受けてから今迄の間に最も行ってきた行為――学習について。


悪趣味な呪いのように断つ事無く継続し続けてきた。青春時代の殆ども、成人して家庭を気付いてからの大部分も、顧みる事無く一心不乱に打ち込んできた。


未知の事象が既知の事項に変換された瞬間の、えもいわれぬ快感で脳髄が満たされる欲求に精神と身体を委ねてきた。


半世紀近く生きてきた中でも、まだまだ知らないことはたくさんある。知りたいと思うこと、学びたいことは世界には山ほど存在している。


(あぁ、そうか。そういうことか)


差し迫る死の圧力があった事が功を奏したのかどうかは不明ながらも、閂はまるで永久凍土が一気に溶けていくかのように、自らの疑問と悩みが解決していく実感を覚え出していた。


人に限らず生物全般の全ては、生きている限りやがて必ず死に至るという自然の摂理を前にして――恐らく私は諦めていたんだ。


生き永らえない絶対規則の所為にして。学び続けることを諦めていたんだ、と。


寿命には抗えない。万物の理(ことわり)には逆らえない。


だとしても、だとすれば、私は――――。



(「動機」が出来てしまったのだから・・・・・・道理が無理でも通し切らねばならない)



覚悟を決めた刹那、木障子がぎぎぎっと開く音が聞こえてきた。



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「ほいよっ。とりま一人目ブッコロ完了~~っと」


身に纏ったレインコートに付着した血痕を手で拭いながら、軽里は軽口を叩いていた。


眼下には頭部の潰れた老人の死体が横たわっている。照明の存在しない薄暗い室内の為、視認はし辛くもあったが、西瓜割りの後が如く飛び散り床を濡らしている夥(おびただ)しい脳漿と体液の量からして、このプレイヤーの絶命は確実であるだろう。


「しかしまぁ老人とはいえ、結構派手に抵抗してきやがったな。俺ってば逆上しちゃって愉しむ暇もなしに、ぐちゃぐちゃにしちゃうんだからもう。反省して次はもっとじっくりいこう」


参加者特有の固有能力が何かまでは把握できていない為、少なからず警戒はしていたのだが、蓋を開ければ奇声をあげて襲い掛かってきただけなのだから、なんともお粗末な話である。


不意を突かれる形となった為、掴まれた右腕にはうっすらと赤みがさしていた。爪が食い込んだのか、多少の内出血を起こしているのかもしれない。


「とはいえやっぱし男よりも女、年配より年少だよなぁ。次は女で、出来れば未成年に絞って事にあたるかねぇ」


3本の右手に握られた鉄パイプを3人が同時に放り投げて、からんからんと金属音が部屋に反響する間に、軽里は増殖させた身体を一つにとりまとめて、残りの獲物が犇めき合うかの地へと帰路をとることにした。


「乗馬程じゃあないがそれでも“ばいく”って奴は早すぎて息苦しいからな、帰りは電車で帰るぜ。さぁてと、今夜のメシは何にするか・・・・・・」



廃旅館を後にしながら、途中彼は自らの違和感に気が付かずに夕食を済ます事になる。



起床時に住まいにありながらも苦手意識から手を伸ばさなかった、ある食品。




それはそれは美味しそうに――――坦坦麺を平らげた。




【対象:辺閂→死亡】