十全どころか余す所無く不全であるこの状況は、何かの罰であるとしか思えない。
始業開始時間迄あと1時間はあるであろう、誰もいないオフィスの事務室にて、東洞回理子は頭を抱えていた。
(何故私がこんな目にあわなきゃならないんだ)
かつて学徒であった際、彼女はその持ち前の知性によって華々しい成績を納めてきた。そして世間一般では超一流と持て囃される名高い国内有数の商社の経理部に面接にて一発合格。自慢の様で聞こえは悪いが、そこまで容姿も悪くはないと常々思う。なんなら入社2年にして管理権限を与える役職持ちとなるぐらい、出世スピードも遅くは無い筈だ。
それが何故。どうして急に現状の訳の分からない事態に陥っているのか。理解に苦しむ。
『あれあれあれれ~マリちゃんってば今日もご機嫌斜めかなぁ~』
傍らでは少女の形をした幽霊染みたナニカが煽り文句に近い心配を添えてくる。ボムみと名乗るコイツと行動を共にするのは本日で2日目。このままだと、自分は爆死してしまうだろう。
(過去のリプレイを見る限り、あの女はヤバ過ぎる)
過去の勝敗結果が確認出来る【BomBTuBe】の動画内容を回理子は思い出し、思う。
西乃沙羅。長身長髪の、狼のような女のことを。
顔こそ見えないものの、女性にあるまじき体躯と度量でもって二戦が二戦とも連続で相手を屠っている。
初戦においては突出した運動能力を以って完勝。次戦では経緯や当事者同士のやり取りこそ不明瞭なれど、他プレイヤーを手助けし、制限時間猶予が24時間を切っている逼迫した状況において相手を退場させ、勝利を手中に握り締めている。
連戦連勝。とどまることを知らない、破竹の勢いであった。
仮に自分の能力を使えばやりあえない事は、ないだろう。だがしかし良くて五分がいい所だろうか。勝利の女神が微笑んでいると錯覚するぐらいには、あの女には流れのようなものがみてとれたし、何よりここにきて自らが追いかける立場となるとは、対峙するにも分が悪すぎる。
(誰かと組まないと、このままじゃ私は負ける)
過半数以上自分と同じ立場のプレイヤーがいるとはいえ、昨日より明らかに互いが互いに距離を置くようになっていた。心なしかゲーム開始より広く点在しているようにアプリを見ても感じられたからだ。ましてや鬼である回理子が接近を試みようものならば、一目散に離れていく可能性の方が極めて高いのだ。
(一度バレると、恐らく二度と繋がれない)
というよりも、逃げる側からすると鬼に近付くメリットが壊滅的なまでに皆無なのだ。自滅ならぬ自爆を待つのが、このゲームの必勝法とすら思える。
(それに。処刑者などという理外の存在まで出てきている。)
つい先日、また新たに対戦規則が追加されていた。従来のものと合わせて、回理子は事項の一覧を確認する。
一.鬼(対象A)となったものは制限72時間以内に他プレイヤー(対象B)に触れなければならない/制限時間がなくなると対象Aは爆死する
二.対象Aが対象Bに触れた後、接触後17分間対象Aが触れたプレイヤー(対象C)から触れ返されなければ、対象Cは爆死する
三.対象Aが対象Bに触れた後、接触後17分以内に対象Cから触れ返されてしまうと、Aの制限時間は残存の1/2となり、カウントが再始動する
四.対象Aはアプリ上で対象Bの現在地を常時確認できる/対象Bは対象Aが半径300M以内に侵入した際、通知のみを受け取る事が出来る
五.対象Cが対象Bに触れた際、右記の通り変化が為される。C→B/B→A/A→B※制限時間はいずれも72時間にリセット
六.
七.対象Aが誤ってプレイヤー以外の人間に触れた際、10分間のペナルティが発生する。ペナルティ中には対象B・Cに触れる権利を有さない。
八.処刑者(対象A~Cとは異なる存在)に補足され、殺害されると爆死はしないが敗退となる
八項にある処刑者。視覚において認識は出来なかったが、既に回理子はそれに補足されかけていた。
3日前。まだボムみが憑依していない対象Bの時点で。通常他プレイヤーを認識できない条件にあるにもかかわらず、虹色に点滅を繰り返すアイコンが、何の前触れもなく回理子に急接近をしてきた。
慌てて能力を発動させ、事なきを得るも、街中の人混みも相まって、彼女自身処刑者の姿を視認出来ていない。暫く滞在した後、何処かへと離れていったが、結局どんな容姿をしていたのか分からぬまま終わった。
そしてその翌日、【BomBTuBe】に新たな動画がアップされ、処刑者による初の犠牲者が出た後、気がつけば自爆霊が回理子に憑依するに至ったのだ。
(せめてあと4回、いや2回でもよかった。何故ここに来て私が選ばれる。何故19%を引いてしまう)
回理子の能力は、少人数であればあるほど威力を高めるそれだった。己が最終局面まで残っている将来を見越し、意図的に決めたのだが。何の因果か序盤も序盤。鬼となり積極的に動けない現状が、ここに来て大きな足枷になっている。
(ともあれ、落ち着け。なんとかして他プレイヤーと接点を持つ方法を考えろ)
ゼロサムゲームの定石として、必勝法とはいかずとも戦局を有利に進める戦法のひとつとして、多人数で少人数を潰すことが挙げられる。
回理子が鬼となった後、日々時毎にマップ上をみている分には、幸い他プレイヤーが同士で行動を共にしている動きは感じられない。処刑者を示す虹色のアイコンは、一箇所に留まらず円を描くようにしてエリアを徘徊している。鬼とは別の知覚方法があるのか?詳細は分からない。
(あの好戦的なデカブツ女以外と、なんとしてでもコンタクトを取らなければならない)
大型連休が明け、久方ぶりの労働に対し気だるそうな雰囲気を有した社員達がまばらに出勤し始めたのに気がつき、一旦回理子はゲームのことは考えないようして、自らを仕事モードに切り替えた。
その半ば開き直りにも似た思考のスイッチが功を奏したのかどうかは分からないが、数時間後に事態は進展する。
具体的な策はまだ模索中であったとはいえ停滞を打開し得る、彼女にとっての転機が訪れることとなったのだ。
即ち、他プレイヤーとの接触。
それは図らずも、意識せず、向こうより突如として唐突に。
不測が付属し予測不能な場面の連続に、東胴回理子は。
結果既存の存在が形を残さないほどに、完膚無きにまで破壊され尽くすことになるとは、未だ誰も知らない。