奇を衒わないありふれた至って当たり前な、言うまでもない必然でしかないので、もはや文字に直すのも憚られてしまうのだが。
通常、将棋であったりチェスであったり、ゲームをに興ずる場合においては、自己と他者が存在せねばならない。
対戦ルールに則って、規則の中で如何に相手を欺き出し抜き先を読み裏を返し、最終的には自らが勝利をおさめるかどうか。当事者らはそのゴールに向かってプレイするのが普通である。
例えば、だ。
例えば対局中に突然地割れが起きてしまい、盤面ごと地底の奈落に落下してしまったならば?
例えば対局中に突如隕石が飛来してしまい、盤面ごと地表から跡形も無く消え失せたならば?
勝敗が決することは決してない。
なぜなら勝負を続行する自体が不可となるから。
自身が劣勢だろうが、相手が優勢だろうが、勝敗を分ける結末に到達しないだろうから。
絵重太陽。29歳。職業。中学校教諭。担当教科は社会科。
そんな彼が有する【エスケーパリバブル】は、プレイヤー権限を他人に譲渡する能力であった。
言い換えるならば、それはプレイヤーとしての参加資格を放棄出来るということ。
プレイヤーでないが故に、制限時間の縛りもないし、爆死するにも至らない。
どんなに劣勢だろうと、これで負けることはなくなったといえる。
但し――それが勝利と同義であるとは限らない。
―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―
直感なのか、あるいは偶然はたまたたまたまであるのかは分からない。樹矢にとっても太陽にとっても、あずかり知らぬところではあったのだが、ともかく。
沙羅はその日その時その瞬間、まさに太陽が能力を発動したタイミングにて、つま先に力を込めて後方に飛び退き、距離をおいた。
それと同時に、たがが外れたように哄笑している太陽が身体を預ける、防音素材を内部に含んだ音楽室の壁に、何かが浮かび上がってきていた。
一見して鳥居の様にみえた。が、あくまで室内の照明が点っていない状態も合い重なって、みてくれこそ似通っているものの、本質的には全く次元の異なるものだとすぐに分かってしまった。
遠目であればこそ全体的に赤色だと識別できる そ れ ら は、何百何千何万もの屍肉の塊のようである。そして、まるで生き物であるかのように、それぞれが各々に僅かではあるが蠢いていた。
『アレの名は羈絆門-キハンモン-っていうんだ。一種のゲートだね』
いつのまにか沙羅の横にはボムみがふわふわと浮かびながら話していた。咄嗟にアプリを確認するも、カウント自体は開始されていない。徐々に実体化していく羈絆門に眼を奪われてはいたが、樹矢にもボムみは知覚出来ているようであった。
「ゲートって、なによ」
おぞましい様相に眉をひそめながらも、沙羅は尋ねる。
『忘れたの?おねえちゃん達十一人は、行く先最悪の未来罪人。羈絆門はね、裁かれるべく然るべき場所に転送する為の入り口なんだよ。ゲームに敗北すればワタシが憑依して爆破した後、向こう側に送ってはいるけどね』
いよいよ形を成したソレは、支柱より生え出した無数の腕の様なモノでもって、太陽を虚空に引き込んだ。己に起きる異常事態に全く気付く素振りをみせず、始終終始されるがままに、絵重太陽はその場より消滅した。
『しっかし、アレだね。太おにいちゃんの時もそうだけど、今回は色々と動きが早過ぎるし大き過ぎる。こりゃあ案外あと一、二回もすれば第二段階に移行しかねないよ』
「先生は。絵重先生は死んでしまったの?」
事の終わりであると判断した樹矢は沙羅に近づきながらボムみに訊く。アラートは鳴ってはいないので、沙羅が太を撃破した時同様インターバルのような時間なのだろう。
『死んでしまった?んー、どうだろうね。ある意味 死 ぬ 方 が マ シ だと思えるぐらいの状態になったっていうのかな?ある意味死んでもいないし生きてもいないって表現が近いのかもしれない。つってもワタシは死んでるけどな!ぎゃはははは!!!』
敵プレイヤーで、生徒である自分を爆死させようとした事実があるにもかかわらず、樹矢は消沈していた。ボムみの十八番である幽霊ギャグを聞いても笑わないくらいには、落込んでいた。
そんな一回り近い年下の少年を見て案じたのか、それともそんな気遣いは皆無に等しくただ単に生理現象に寄るものなのかはわからないにせよ。
腰まで伸びる黒髪と対照的な白い歯を覗かせて、沙羅は微笑む。
「なーんか腹減ったな。少年、いっしょにメシでも食いにいこーぜ」
―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―|―
沙羅と太陽とが攻防を繰り広げた退布高校付属中学校より10km程離れた地点にて。
とある人間がゆっくりと瞼を開き、目を覚ました。
物語の進行上、その人間は彼であるのか彼女であるのか大きいのか小さいのか等、見た目に関する描写は伏せての情景描写となる。
枕元に自爆霊であるボムみを添えての、情景描写。
「あらあら。おいおい。もう出番?今回早くね?あと4~5人くらいにはなったのか」
『序盤も序盤、まだ10人も残ってるよ。寝起きの気分はいかがかな?』
「まぁまぁ。ほどほど。よくもないし?悪くもない?ともあれ仕事ならやるけどね」
『ばっちばちの戦闘能力が高いプレイヤーは少ないにしろ、油断はしないことだね。才能の塊みたいな奴らが、それこそ4人以上は参加しているから』
「けらけら。げらげら。舐めんな?ナメるな?勝負にすらならない、指を咥えて眺めてな」
お前に指などないだろうがなと言い放ち、軽里玖留里は立ち上がる。
残る十人のプレイヤーを、爆死ではなく抹殺しうるべく。
【第二話 了】